大江健三郎と村上春樹の共通点 謎めいたタイトルの作品が並ぶ
『芽むしり仔撃ち』『洪水はわが魂に及び』『万延元年のフッォボール』――2023年3月3日に亡くなった作家の大江健三郎さんは、すぐには内容が推測できないような奇妙なタイトルの作品で知られた。むしろ、そのことによって、多くの読者の関心をひきつけた。作家の村上春樹さんも、同じように謎めいたタイトルの作品が多い。
感覚的に推し量る
『芽むしり仔撃ち』は1958年、大江さんが23歳で書いた初の長編小説。「芽むしり」も「仔撃ち」も日本語としては、あまりなじみがない。日本人でもこのタイトルを見て、何のことだろうと思ってしまう。
大戦末期、山中に集団疎開した感化院の少年たちが、疾病の流行とともに、山村に閉じ込められる。この強制された監禁状況下で、社会的疎外者たちは、けなげにも愛と連帯の"自由の王国"を建設しようと、緊張と友情に満ちたヒューマンなドラマを展開する――というのがこの作品だが、タイトルからは内容を想像しにくい。
ただし、「むしり」や「撃ち」から、何かゾクゾクするような異常な話のようだということを感覚的に推し量ることは可能だ。英語版のタイトルは「Nip the Buds, Shoot the Kids」。もう少しわかりやすい。
若くして文壇に衝撃的なデビューをした大江さんは、こうしたちょっとひねったタイトルでも多くの読者を魅了した。
そのまま詩になっている
作家の池澤夏樹さんは3月14日、朝日新聞に寄稿した追悼文で、大江さんに詩集はないが、「彼の小説のタイトルを見ればそれがそのまま詩であることは歴然としている」と書いている。
前述の『芽むしり仔撃ち』『洪水はわが魂に及び』のほか、『燃え上がる緑の木』『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』『みずから我が涙をぬぐいたまう日』『「雨の木」を聴く女たち』などの書名を挙げている。「そして、これらの小説の本文はそのタイトルを冠として戴いて当然の密度のある文体で書かれている。それが二百ページでも七百ページでも緩んだところがまったくない」と強調している。
そうしたタイトルが、今も引用されているのではないかと思われるケースもある。『見るまえに跳べ』は大江さんの23歳の時の作品だが、同じタイトルの動画が最近、YouTube配信で人気だ。登録者66万人。こちらは、「ゆぅくん(3歳)とじぃじが織りなすコントのような日常」を伝えている。大江さんの死で初めて、このYouTubeと大江さんの作品タイトルが同じだということを知ったファンもいるようだ。
文体はかなり異なるが
大江さんの作品は、1950年代後半から70年代の、若い人たちに圧倒的な影響力を持った。この時代に、青春を送った世代の多くは、大江さんの本を一度は手に取ったといわれる。
武道家でフランス文学者の内田樹さん(72)は、「大江健三郎さんが亡くなりました。もう久しく新作を手に取ることはなかったのですが、高校生の頃は大好きな作家でした。『セブンティーン』『個人的な体験』『日常生活の冒険』に衝撃を受けました」とツイートしている。
近年、大江さんに替わるかのように若い人たちに大きな影響力を持っている作家が村上春樹さんだ。村上さんもまた、作品のタイトルが奇妙で謎めいていることで知られる。
『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』『1Q84』『騎士団長殺し』などだ。
難解な言い回しが多い大江さんと、平易だが心にしみてくる表現が特徴の村上さん。二人の文体はかなり異なるが、村上さんの作品も大江さんの諸作品と同じように、タイトルからすぐに内容を推測することが難しい。