「亡き妻の歌声」AIに学習させMVに 第1回「AIアートグランプリ」

   AIにできる芸術的表現は、「お絵描き」にとどまらないようだ。

   AI(人工知能)を活用して生み出したアート作品のコンテスト、第1回「AIアートグランプリ」が2023年3月12日に東京・秋葉原で開催された。応募総数279件の中から初代グランプリに輝いたのは、10年近く前に旅立った妻の歌声をAIで再現し、歌わせたクリエイター・松尾Pさんだ。

松尾Pによる、「Desperado by 妻音源とりちゃん[AI]」のプレゼンテーション
グランプリ受賞者の松尾Pさん。賞金10万円と、RTX4080搭載のガレリアが贈られた
第1回「AIアートグランプリ」
準グランプリとなったファイナリストたち。(左から)朱雀さん、機能美pさん、koizoom1さん、TRICYCLE FILMさん
動画「Artificial Insanity」のプレゼン(TRICYCLE FILM)
漫画「渚の妖精ぎばさちゃん対キモノアゲハ」のプレゼン(koizoom1)
準グランプリに加え、急きょ設けられた「審査員特別賞」も受賞した、機能美pさんによるプレゼン
漫画「夢遊音速(ドリームマッハ)」のプレゼン(朱雀)
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「AIで愛になる」

   本イベントは、AIアートグランプリ実行委員会と、ドスパラ(サードウェーブ)の共催。CGアーティストの河口洋一郎氏(東京大学名誉教授)ら審査員の前で、ファイナリスト5名がプレゼンテーションを行った。動画「Desperado by 妻音源とりちゃん[AI]」を手掛けた、松尾Pさんは3番目に登場。

   プレゼンが始まると、スクリーンに映像が流れた。女性が歌う、イーグルスの「Desperado」も聞こえる。ただ、松尾さんによると「元となっているのは自分の歌声」(a)。それもそのはず、応募作品「Desperado by 妻音源とりちゃん[AI]」は、 (a)を、亡くなった妻の歌声・話し声1時間分のデータなどを声質変換ソフトウェアに学習させて生成した歌声(b)に、変換させて作り出したものだからだ。


歌に合わせ、スクリーンに表示される妻のAI写真は、無料作画AIサービス「Memeplex」で作成したデータ

   松尾さんは、今回のコンテストのためにAI音源を作ったわけではない。妻が2013年6月に他界した後、生前に録音していた歌唱データ3曲をもとに、同年9月には合成音源「妻音源とりちゃん」を誕生させていた。

   その音源を使い、100曲以上も手掛けるが、MV(ミュージックビデオ)に使える写真と動画が枯渇する、という悩みに直面。そうしたとき、オープンソースの画像生成AIサービス「Stable Diffusion」が現れ、手元にあるデータから、新しい写真を作り出す手段を得た。

   松尾Pさんの、妻への思いは留まるところを知らず、3Dプリンタを用いた「等身大での立体化」にもチャレンジしている。プレゼン終了後、審査員の一人で、映画監督の樋口真嗣氏から「(あなたのことが好き、という)感情がモチベーションの原点になっている。10年間続けるために、何が一番必要でしたか」と尋ねられると、松尾Pさんは

「愛だと思います。AIで愛になる」

と答え、AIのおかげで「燃料がたくさん出来た」と語った。

AIは「脅威でなく、パートナー」

   審査員長の河口氏は、開会によせてのあいさつや、各プレゼン終了後の質疑応答時、また授賞式最後のコメントでも、折に触れて「AIを脅威に捉えるのではなく、前向きに、正面から受け止める」ことの重要性を口にし、AIは人間の可能性や、創造性を拡張・伸長させるパートナーであるとした。AIアートの方向性は混沌としているものの、未来の可能性は大きいことにも言及し、「第二回AIアートグランプリ」の開催に期待をにじませた。


審査員長、CGアーティストの河口洋一郎氏(東京大学名誉教授)

   イベント終了後、審査員を務めたイラストレーター・安倍吉俊氏と、アニメプロデューサー・諏訪道彦氏を取材した。安倍氏は、自身に寄せられる「オーダー内容の変化」にAIの影響を感じているそう。

「最近は、AI画像生成サービスのMidjourneyで作ったであろう画像が、サンプルとして送られてくるケースがあります」

   完成品のように仕上がっているサンプルを前に、「影響されすぎないように注意する必要がある」のと同時に、「AIにはクオリティでは勝てても、スピードでは敵わない」と話す。AIとは速さで競うべきではなく、うまい付き合い方や活用法について考えていく必要がある、ということだ。

   諏訪氏も、「人間とAIが描くキャラクターイラストの間には、まだ差があり、違いがわかる」としつつ、「この差をAIが埋めてきたら、話が変わってくる」という。応募作品の審査を通じて、「AIのシャワーを浴び、作り手・送り手側の意識改革が必要だと感じた」と語った。

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