マイクラでSDGsを学ぶ「サス・ゲー」 ゲームを通して「自分ごと」で考える
【2023年注目のテーマ:SDGs】
「SDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)」は、2030年までに世界で達成すべき国際目標として17のゴールと169のターゲットで構成されている。これを、次世代を担う子どもたちに「自分ごと」として考えてもらおうという取り組みがある。「サス・ゲー」だ。
サス・ゲーは、ゲーム「Minecraft(マインクラフト、以下マイクラ)」の世界観をそのままに、ゲームと現実世界を行き来し、「ロールプレイングゲーム」形式で実施される。J-CASTトレンドは、明光ネットワークジャパン(新宿区)が運営する「プログラミング教室MYLAB」に密着取材した。
「子ども自身の体験や経験が大事」
サス・ゲーで子どもたちは、まず現実世界で4か国に分かれ、国の「運営主体者」として活動する。一方、ゲームである「マイクラ」の世界で、食料や燃料を採取や建築をするパートと現実世界での対話や交渉を行う「国際会議」パートを交互に実施する。
クリア条件は2つだ。
1.自国のミッションのクリア。
2.ゲーム終了までに全ての国が発展していること。
子どもたちは、ゲームと現実双方の世界を行き来しながらクリアを目指す。この中でSDGsの目標達成や国の運営主体者の困難さを体感できる仕組みだ。サス・ゲーを開発したのは、教育に関する研究開発を行う「Innovation Power」(千葉県柏市)。代表取締役社長の宮島衣瑛さんは開発経緯を、「『SDGsや社会問題など大きなテーマを、子どもが自分ごととして学ぶことはできるのか』という問いからスタートしています」と説明した。
「Innovation Power」代表取締役社長の宮島衣瑛さん
学校や一般的なワークショップでのSDGs学習は、テーマを決めて自分で調べ、まとめて発表する形がオーソドックスだ。知識として身に着くが、「自分ごと」にするのは難しい。宮島さんは、子ども自身の体験や経験が大事だと考えた。
そこで白羽の矢を立てたのが「マイクラ」だった。1ブロック単位で世界が作れるマイクラの世界観なら、子どもの創造性を育みつつ、ゲームとしてのオリジナリティーを出す余地がある。そうして「サス・ゲー」が出来上がったという。
予定調和ではない世界
子どもたちが運営する4か国は、それぞれに抱えている問題や資源が異なる。以下、「国名」とその特徴だ。
ミチシオン:初期時点で人口が最も多い「経済成長国」。食料には恵まれているが燃料資源が乏しい。ミッションは「病院を作る」。
ポテスタ:2番目に人口が多い「超大国」。食料・燃料資源ともに潤沢だが、街と街が分断されている。ミッションは「路面電車を作る」。
アレテ:「文化国」で、中間に位置する人口を保有する。食料は多くない。領土の一部が海に侵されている。ミッションは「コンサートホールを作る」。
ホルン:人口は最少だが、燃料資源に恵まれた「資源国」。一方で食料はないに等しく、領土は砂で覆われている。ミッションは「国を緑化させる」。
実際にプレイしている画面、「ART(アレテ)で大規模デモ」
各国には、モデルとなる国・地域がある。ミチシオンは中国、ポテスタは米国、アレテは欧州地域、ホルンは中東地域だ。この設定は、例えば、ホルンだと砂漠が多く石油が多い「中東地域」といったように、モデル国・地域の環境や社会問題が反映されている部分もある。また、ミッションを達成するためにはプレイ中に発生する突発的なイベントに対応する必要がある。画面に「テロ発生」などのテロップが登場すると、実際にゲームの世界では領土が爆破される。「テロ」や「デモ」といった社会的な問題から「海面上昇」、「砂漠化」といった環境問題が国を襲う。
「プログラミング教室MYLAB」教室長・柿沼功さん
今回取材した「プログラミング教室MYLAB」で教室長を務める柿沼功さんは、宮島さんの考えに共感したひとりだ。子どもたちは国を運営する主体者として、他国と対立する状況からスタートする。イベントで重視しているのは「それをどう乗り越えることができるか、子どもたちに深く考えてもらうこと」だ。実は、対立を乗り越えられず、関係が悪化したまま終了する場合もある。「予定調和ではないからこそ、子どもたちにとって新鮮な学びになると考えています」。参加者である子どもたちの選択を尊重していると話した。
この発言通り、取材を進めると、子どもたちは「対立」、そして「想定外」の出来事が発生することに--。
「残り1年で水没の予測」
今回、「ミチシオン」のみプログラミング教室MYLABの講師が、ほかの3か国を子どもたちが、それぞれ運営した。1ターン目は滞りなく進んだ。しかし、午後に始まった2ターン目では、ホルンにテロが発生したという赤字のテロップが画面に大きく現れるとともに、ホルンにいる子どもたちのパソコンからは爆発音が聞こえた。子どもたちに緊張感が漂い始める。直後、現実世界で行う国際会議では、アレテとホルンが「平和条約」を締結した。
3ターン目にはホルンとアレテでテロが発生、子どもたちの間で悲鳴が起きた。領土が破壊され、さまざまな資源が必要になる。畳みかけるようにアレテではデモが発生し、必要食料が2倍に。さらに「海面上昇」が始まった。子どもたちからは「食料、間に合う?」といった声も上がる。同時にホルンで発生したテロはアレテの工作員という「ニュース」も流れ、状況はよりカオスに。
海面が上昇し、本来砂場だった場所にも海水が侵入している
この状況で始まった国際会議で、アレテは国際的地位の安定を図ってか、ポテスタに平和条約を提案した。この時、「テロの起こっている国と条約を結んでも大丈夫なのか」といった発言も聞こえたが、平和条約は無事締結される。
4ターン目、アレテでは大規模デモと合わせて海面上昇が起きた。「残り1年で水没の予測」と「国連専門家が警告」した。しかも、水没し始めたのは畑の近くからという最悪の状況だ。一方、ポテスタでは原因不明の森林火災、テロが発生する。ホルンでも「ミチシオンからの侵攻が発生」と、各国がパニック状態だ。
ボードを見ながら何が貿易できるかを話し合う
どこも多くの資源を必要としている。貿易が盛んに行われ、ホルンとポテスタが平和条約を結んだ。しかし、国際会議でのアレテの「お願い」が、波紋を呼んだ。
国土が沈みそうVS大事な資源
アレテは海面上昇を避けるべく、燃料効率の良い「石炭」と、サス・ゲー世界ではクリーンエネルギーだが効率の悪い「木炭」の価値比率を見直したいと要望した。ただし、木炭の生成には原木が必要になる。ホルンは石炭産出国で、国内で不足する食料を集めるため、石炭が貿易では重要な役目を果たしてきた。しかも砂漠国で、木炭の原料となる原木がほとんどない。アレテの要望は簡単に受け入れられない。ホルンからは「飲めません」「支援をしてくれないなら、戦争を起こします」といった発言が相次いだ。
ボードを見ながら何が貿易できるかを話し合う
ここでアレテは、自国からの支援として木炭を融通すると約束。さらにポテスタとも交渉し、ホルンへのパンの大量貿易も引き出した。ホルンは交渉内容を飲まざるを得なくなり、価値比率の見直しはアレテの提案が通った。
この国際会議の後、各国は豊作の年を迎えたが災害や惨事は止まらない。ポテスタでは砂漠化が始まり、アレテでは畑での土砂災害が発生。ホルンでは石炭を扱っていた「石油会社」の社員により3度目のテロが発生する。
そして最後の国際会議、ホルンから「戦争」の言葉が飛び出した。
「平和条約」を結んでいたはずが戦争に
仕掛けた先は、「平和条約」を結んでいたはずのアレテだ。アレテは当初、回避を試みたがホルンはかたくなに拒否していた。この時、ホルンは人口最多国で、アレテはその人口の半分以下だった。戦力差が大きいので確実に勝てる確信が、ホルンにはあったからだろう。
両国と平和条約を結んでいたポテスタは、どちらかと軍事同盟を結ぶ決断を迫られた。アレテの人口にポテスタが加わったところで、ホルンの人口には及ばない。敗戦時のリスクを考えたのか、ホルンを選択した。ミチシオンは静観の姿勢を示していたが、最終的にアレテと軍事同盟を結んだ。結果はホルン・ポテスタ同盟の勝利に終わり、負けたアレテ・ミチシオンは「賠償金」として多くの資源を両国に送った。
最後の年、各国では目標達成に向け動いたが、ここでもテロや森林火災が各国をおそう。アレテでは海面上昇により、国土の半分が失われた。
これで「ゲームオーバー」。各国ともに自国のミッションはクリアできたが、終了までにすべての国が発展するという目標は達成できなかった。ホルンとミチシオンで、大幅な人口減少が起きていたためだ。
振り返りをまじめに聞く子どもたち
終了後、宮島さんは子どもたちに、「なぜ戦争を起こしたのか」「戦争を回避するための努力はしたのか」という問いを投げた。ホルンの子たちはすぐに答えることができず、考えを巡らせていた。しばらくして、「大臣が決めたから」との発言が出た。宮島さんは、こう諭した。
「みんなで話し合って決めたことだよね。人のせいにしたらダメだよ」
子どもたちの間で空気は一変し、さらに真面目に考えている様子がうかがえた。
「4か国でも交渉が難しい」
休憩を挟んで約7時間をかけて行われたサス・ゲー。参加者うち最年少の、小学2年生の保護者に取材した。2回目の参加で、「子どもがマインクラフトを好きなため、好きなことを通してSDGsを学べたら」と話した。
サス・ゲーは、「前回も今回もゲーム終了後の振り返りを一緒に見ていると、学校で学べないことを知るきっかけになっているなと思います。また、子どもだけでなく、自分も一緒に学ぶきっかけになっています」。自身の子について、「全てを理解するのは難しいでしょうが、経験は本人のためになると思っています」と、意義を述べた。
一方、この日の参加者で最年長、中学1年生のAさんにも話を聞いた。SDGsについては知識としてあったが、参加の決め手はマイクラだという。2度目の参加だが今回は、海面上昇による領土消失、さらには戦争を仕掛けられ負けた「アレテ」の国民だった。実は前回も目標をクリアできなかったそうで、悔しさをにじませた。
その中で「4か国でも交渉が難しいのに、現実には200か国以上が存在する。そう思うと、いかにSDGsの目標達成が難しいかがわかった」と学びがあったという。また、以前よりニュースを意識して見るようになり、より理解しやすくなったとワークショップ参加前後での違いを話した。
始まりは「SDGs」ではなかった
宮島さんは、サス・ゲーはそもそもSDGsを学んでもらう目的で始めたわけではないと明かした。サス・ゲーで経験したことが、実際の世界でも起こっていると知ってもらう。その先に学ぶ内容としてSDGsの各項目があったというわけだ。
「SDGs」というワードが誕生する以前から指摘されてきた、各種の社会問題、環境問題が含まれる。サス・ゲーで起きた「森林火災」は、「15・陸の豊かさも守ろう」や「13・気候変動に具体的な対策を」をゴールとして割り当てられる。サス・ゲーで宮島さんは子どもたちに、「現実ではこのように起きている」と説明を挟み、「この選択をするとこうなる可能性がある」と示していた。
途中、大人が介入して戦争回避できる場面もあった。柿沼さんは、ゲーム中に助言したくなるという。しかし、「子どもに、考えて選択してもらうのが大事なので難しい」。振り返り時も、「『人はどんなときに戦争を起こしたいという気持ちになるのか』を体感することに、このサス・ゲーというイベントの本質があると感じています」と、意義を話していた。