21世紀の名品 中野香織さんは「私たちの責任で認定しよう」と

   プレシャス(Precious)12月号の特集「持たない時代の『名品』考」で、服飾史家の中野香織さんが 時代とともに変わる「名品」の未来を語っている。平易で簡明な文章と相まって、読後の納得感は大きかった。

「ここ2~3年の感染症や戦争によって 20世紀的な価値観の終焉は決定的になっています...課題が山積し、企業も人も、この課題に優先的に向き合わないことには全員の明日がない という待ったなしの事態に直面しています」

   筆者が列挙する「課題」とは、大規模な自然災害や難民、貧富の格差、文化の盗用、大量生産・大量廃棄による地球汚染、といったところだ。ついこの間、世紀の変わり目あたりまでは「社会的な地位や安心感を与えてくれる」「よりよい生活への憧れ」などともてはやされた高級品たちが、時代の流れの中で「旧く」見え始めたという。

「富や文化の上下関係がある20世紀的世界観のなかで『名品』とされてきたものが、現代においては魅力的に映らなくなってきました...(上下格差を秘めた)名品の所有によって安心感や優越感を得ようとすることが、時代錯誤で恥ずかしいという...」

   ただ中野さんは、従来の価値観を全否定することはしない。「高品質でデザインが美しく、職人技巧が凝らされた創意あるものを讃えるのは当然」と。その上で、自ずと「それ以前の必要最低条件」が求められるという。上質で美しい「だけ」ではダメと。

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透明性とフェアネス

   問われる最低条件は(1)生産者の人権や産地の環境が守られているか(2)流通過程で不平等な搾取がないか(3)文化の盗用が行われていないか(コピー商品や海賊版)(4)廃棄の過程で環境を汚染する物質が使われていないか...などである。

「そうした透明性、包摂性、フェアネスを備えた 人間的な創造性にあふれるものを、私たちの責任において『名品』と認定していくことによって、私たち全員が生きやすい未来を創り上げていく、そのくらいの覚悟を持ちたいところです」

   エッセイに一貫する視点は、実は冒頭に書かれている。曰く「ものに意味を与えるのは、私たち人間です。そんな私たちの価値観は、時代の変化の影響を大きく受けます」

   何が名品かを決めるのは個々の人間であり、よりよい未来のためにその定義を変えていこうという、きわめて能動的、前向きなメッセージといえる。

「よいものに溢れ、価値観も上下ではなく縦横に多様化する時代です...何を自分にとっての『名品』とするのかは...ものと自分と地球全体を含めたコンテクストをどのように 自分なりにアップデートするかにかかっています」

   ちなみに中野さん自身、身のまわりのものは可能な限り、顔が見える生産者に発注し、彼らの創造性が最大限に発揮されるよう努めているそうだ。

「それを生活のなかにとりいれて、時間をかけて『名品』に仕立てるというストーリーに挑んでいます。面倒です。でも面倒を経た暁に生まれる喜びの実感は、ゆるぎないものです」

表現に歯切れと勢い

   とりあえず、プレシャスの特集「持たない時代の『名品』考~あなたにとって、本当にほしいものとは?」のリードを読み返してみよう。

   〈時代が大きく動いたこの数年、自らのライフスタイルやおしゃれを見直した人も多いことでしょう...今回の特集でこだわったのは、今、前を向かせてくれる力を携えた名品である、ということ...身につけるだけで幸せな気持ちをもたらし、毎日をご機嫌にしてくれるもの...〉と展開する。

   ファッション誌らしく「高価な名品」の紹介が延々と続く中、3人の筆者によるコラム集「持たない時代に『持つ』ということ」は、私にすれば貴重な読みどころである。

   中野さんが「名品」に求める新たな条件は、いわゆるSDGs(持続可能な開発目標)に沿ったもので、その意味で驚きはない。ただ「名品の所有によって安心感や優越感を得ようとするのは時代錯誤」「価値観も上下ではなく縦横に多様化する時代」「私たちの責任において『名品』と認定していく」といった表現に、歯切れと勢いがある。

   文章の勢いは、筆者の自信のほどに左右される。言い切るだけの知識や経験、根拠、洞察力を持ち合わせているかどうか。服飾史に通じ、私生活でも「名品の育成」に挑んでいるという中野さんだけに、説得力がある。

   まとめ部分にある「面倒です」の4字に、自信とプライドがこもる。

冨永 格

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