サッカー日本代表を名フィジカルコーチが分析 W杯までに出来る準備あり

【連載】サッカー・カタールW杯 森保ジャパン勝負の1年

   サッカー日本代表の欧州遠征メンバーが9月15日(2022年)、発表された。今月ドイツで、米国代表、エクアドル代表と試合を行う。この1か月前、森保一監督は8月16日に行われたオンライン会見で、FIFAワールドカップ(W杯)2022年カタール大会に向けて「本大会に向けて対戦相手の分析や選手の『コンディション』の把握に力を入れていく」と語った。

   W杯ベスト8のキーとなる「コンディション」について、韓国代表のフィジカルコーチとしてロンドン五輪銅メダル獲得、2014年ブラジルW杯を経験している池田誠剛氏(現:蔚山現代FCフィジカルコーチ)に聞いた。(石井紘人 @ targma_fbrj)

池田誠剛氏(左)。現在は、Jリーグでも活躍した洪明甫監督(右)のもとで、Kリーグ・蔚山現代FCフィジカルコーチ(写真提供:蔚山現代FC)
池田氏は、サッカー韓国代表でフィジカルコーチ経験もある(写真提供:蔚山現代FC)
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メンバー変えないメリットも、ある

――東京五輪前の『サッカーダイジェスト』のインタビューで、メダル獲得のポイントを「チームとしての一体感、コンディション」としていました。日本代表は2006年ドイツW杯の失敗を受け、一体感あるメンバー選考を学んだ半面、コンディションは14年ブラジルW杯も成功したとは言い難く、東京五輪も準決勝・スペイン戦の延長戦、3位決定戦と最後に力尽きた印象を受けます。森保ジャパンのコンディショニングを、どう分析しますか。

池田:監督はもちろん、スタッフの皆さんも、ベストを尽くしてギリギリの力を出して戦っていました。東京五輪は、猛暑の中行われた大会で、本当に難しかったと思います。準決勝の延長戦や3位決定戦は、動きの面で相手を上回った試合ではなかったかもしれませんが、代えたくても代えられなかったとも思います。
   私の経験では、試合中も「あと〇分はプレーさせても、次の試合には回復するから大丈夫」「今交代して休ませないと、次の試合は疲労が抜けない」など、監督とコミュニケーションをとっています。大会前に走り込みをして疲労回復能力をつけても、五輪やW杯など連戦では、より難しくなります。家計と一緒で、様々な要因を足し引きや掛け算して、一つの表を頭の中で描き、監督の選手に対する要求と照らし合わせていくのです。

――メディアやファンからの「メンバーを固定せずに、コンディションの良い選手を使え」という声は、どのように感じますか。

池田:監督が、どのような選手を求めているかによります。たとえばメディアやファンが要求する選手は、最近の試合で出場機会が多く、大活躍しているコンディションの良い選手ですよね。でも実際チームの中核を担う選手は試合をコントロールし、色々なアクセントがつけられないといけません。必要な経験値やセンスなど、色々なスコアを総合していくと、その選手が多少所属チームで試合に出ていなくても、信頼して日本代表としてピッチに送り出すと思います。
   メンバーを変えないメリットも、あるのです。連戦により基礎体力が上がり、ゲーム体力がつきます。もちろん疲労はするのですが、そこを乗り越えたら、前ほど負担にならなくなります。W杯で優勝するチームは、徐々にコンディション上がっていきますよね。

「ロストフの14秒」を生んだ「意識」


池田誠剛氏(写真提供:蔚山現代FC)

――ブラジル代表などが最たる例ですね。そのコンディションですが、欧州組の日本への長距離移動は影響するのでしょうか。たとえば、日本代表のアジアでの活動期間が3日あったとします。3日間フルに戦術練習できるのですか。

池田:フライト時間はコンディションに大きく影響します。さらに、トランジットの時間も疲労を大きくします。「横の移動」は、最小限にしなければいけません。
   よく「欧州チャンピオンズリーグで、選手は毎週移動している」との指摘があります。けれど、欧州内は90分もあれば移動できます(編注:FIFPROによると、欧州所属チームと母国を往復する距離について、韓国代表選手はイングランド代表選手の2.5倍)。アジアの場合、3日の活動期間があっても、欧州組はリーグ戦の疲労、移動のタイムラグを取り除く時間にほとんどを費やし、戦術練習の徹底は座学程度に終わってしまいます。
   ドイツやスペイン代表は、スタメンに自国のビッグクラブの選手が多く、選手同士に戦術の共通理解があるから、代表のトレーニングで一から戦術練習する必要がありません。だから、強い。ただ私は、ドイツやスペインのように日本代表もなれると思っています。

――Jリーグを、欧州トップレベルまで高められるということでしょうか。

池田:はい。Jリーグを秋春制にすれば、リーグのインテンシティー(強さ、激しさ)は確実に上がり、欧州トップリーグのようなレベルに持っていけます。現在は、夏は気温30度、湿度80%のなかで試合をやらないといけません。これでは選手は走れませんよ。
   前回のロシアW杯で、日本はラウンド16でベルギーに敗れました。真夏にサッカーを続けてきた日本人は、暑さでへとへとで「残り数分」という感覚が染み付き、試合終盤がスローテンポになってしまう。でも真夏にサッカーをやらない欧米は違う。試合終了のホイッスルが鳴るまで変わらない動きをし、「あと数分もある」という感覚でリーグ戦を戦っている。その差が「ロストフの14秒」につながったのではないでしょうか。

フィジカルコーチの出番


池田誠剛氏(写真提供:蔚山現代FC)

――最後に、再来月のカタールW杯までに選手たちに出来る準備はありますか。

池田:とにかく試合に出ることです。カタールW杯で、運動量とクオリティーを落とさないためには、所属クラブで90分間、タフに感じられる試合に出て、活躍する。これにより、強豪国とも戦えるゲーム体力がつきます。トレーニングだけでは無理です。
   欧州リーグを終えてからカタールW杯までの時間がなさすぎて、日本代表スタッフは頭抱えているのではないでしょうか。ただ、個人的には、そういった状況こそ、フィジカルコーチの出番だとも思います。
   私は、W杯での日本代表に期待しています。今回のチームは、数年前とは違って、トータルスコアよりも、それぞれの武器を持った選手が多い。日本人の強みである組織力を出しやすいし、そのベースとなる一体感は森保監督の得意な部分だと思います。日本人監督が日本人を指揮する時の選手のリアクションは、全幅の信頼を寄せるか、寄せないかのどちらかに大きく振れます。僕が聞く限り、いまの日本代表は強い一体感があるそうです。それは選出基準の一つにあるのかもしれません。
   世間はあまり期待していないかもしれませんが、そういった時の日本代表は強いですからね。一体感を持って「一泡吹かすぞ」というパワーにもなりますから。

池田誠剛(いけだ・せいごう)
   1960年12月16日生まれ。94年の米国W杯優勝チーム・ブラジル代表に帯同。95年にはバロンドール選手であるジョージ・ウェアが在籍していた、黄金期のACミランで研修を行った。南米と欧州のトップチームでフィジカルコーチの経験を積む。
   舞台をJリーグに移すと、2000年代には、岡田武史氏と共に横浜F・マリノスの黄金期を作り上げる。岡田氏とは、その後も中国の浙江緑城(当時は杭州緑城)でコンビを組んだ。    選手からの信頼も厚い。かつてJリーガーで、2009年に韓国ユース代表監督に就任した洪明甫氏から、フィジカルコーチを要請される。11年からは、韓国五輪代表史上初の日本人フィジカルコーチとなった。
   2018年からは、サンフレッチェ広島で青山敏弘選手やベテランを再び輝かせ、荒木隼人選手を日本代表にまで育てた。22年からは再び洪監督のもとで、韓国Kリーグ・蔚山現代FCのフィジカルコーチを務めている。

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