真面目さの罪 ブレイディみかこさんは「役割より自分を大切に」と

   MORE 8月号の「心を溶かす、水曜日」で、在英のライター ブレイディみかこさんが「役割」に縛られがちな日本人の精神風土を論じている。前号からの新連載だ。

   冒頭はブレイディさんが執筆している小説の一場面から。

   在英の日系企業に勤める主人公の女性が、上司に仕事を頼まれる。採用面接に来る女性たちに「既婚か、子どもはいるか、つくる予定はあるか」といった、男が聞いたら「いろいろまずい」ことを代わりに聞いてくれ、というわけだ。

   そのくだりを読んだ編集者は〈いまどき、こんな会社ありますかね?〉と首をひねったが、筆者は〈10年ぐらい前の設定だし〉と押し切ったという。

   さて、ブレイディさんはMOREの連載開始にあたり、読者世代である20~30代の女性たちとオンラインで懇談した。日本を離れて26年、職場をめぐる最新事情を知るにはいい機会である。そこで、就活中のBさん(既婚)から「まるで同じ話」を聞かされた。転勤もある職種を望むBさんに、女性の面接官が投じた問いは...「お子さんのご予定は?」。

「シスターフッド(女性同士の連帯=冨永注)流行りの昨今だが、現実の社会にはそれに逆行するような出来事が往々にして起きるから、女性の連帯というやつは難しい」
面接官の口から出た質問は…
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無言の圧力

   同じオンライントークで、Cさんは夫の母親が「何でも完璧にこなす」のが辛いと嘆いた。「この程度はやりなさいよ」という無言の圧力を感じると。その義母が専業主婦ならまだ反論の余地もあるが、Cさんと同じ現役看護師というから逃げ場がない。

   ブレイディさんは、BさんとCさんの話には共通点があると気づいた。

「真面目さの罪、とでも言えばいいだろうか。例えばBさんの面接で『お子さんは...』と聞いてきた女性。その質問のまずさは、おそらくその女性もわかっている...彼女は部下として、社員として果たすべき役割をきっちり果たしているのだ...Cさんの義母も真面目な人だ...その力の源は与えられた役割をしっかり果たすことへの情熱だ」

   ブレイディさんは両者の言動を、日本を知る英国人の言葉を借りて「役割至上主義」とまとめる。「職場や家庭で、上司の役割、部下の役割、妻の役割、夫の役割などをきちんと果たすことが美徳とされ、生身の人間よりも役割のほうを重要視するところがある」と。

   上司の指示による時代錯誤の質問は、いずれは面接官自身にもはね返る。真面目な姑も自己犠牲と無縁ではない。「仕事も家事も完璧にこなして無言の圧を下の世代の女性に与えている女性たちだって、毎晩『いててて』と言いながら心に湿布を貼っているはずなのだ」。そして最後に、筆者は問う。

「固定観念に真面目に支配され、自分も周りの人々もすり減らすことになっていないだろうか?...役割を果たすことが真面目で、自分を含めた人間を大事にすることが不真面目なら、人や社会をいまより幸福にできるのは後者に間違いない」

週の真ん中に

   ブレイディさんの新連載。「心を溶かす、水曜日」というタイトルから察するに、掲載誌の主な読者層である働く女性たちを励まし、癒すことを期待されているようだ。タイトルのわきには、〈がんばったのにまだ週の半分...。ため息が出そうな水曜日のあなたを解放するエッセイ連載〉とある。

   本作の終盤にも「週の真ん中の水曜日が来たら、ガチガチに固まりかけた心に丁寧にオイルを塗って、役割の型枠から出して解放してあげよう」という助言が出てくる。

   働く女性の境遇が、男性より「ややこしい」ことは想像できる。理由は、妊娠・出産という時間的「ハンディ」と、この国で著しい物心両面のジェンダーギャップである。昨今ではそれに、なかなか上がらない賃金、非正規の不安定といった男女共通のマイナス要素が加わる。シングルマザーともなればなおさらだ。

   ブレイディさんはそんな現状に対し、エッセイストとして出来る限りのエールを送ろうというのだろう。役割に忠を尽くすか、生身の人間を大切にするか...これは生きている限り、どんな人にもつきまとう問いである。確かに「自分を大切に 人間を大事に」という結論は、今の日本社会に最も必要なメッセージだと思う。

   湿布にせよオイルにせよ、貼りたい場所、塗るべきところが多すぎる。

冨永 格

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