笑う二刀流 今村翔吾さんは、楽しみながら小説を超えていく姿に感服

   Number(4月14日号)の大リーグ開幕特集「大谷翔平が待ちきれない。」で、作家の今村翔吾さんが「翔つながり」のエールを送っている。「今年はこんな大谷翔平が見たい!」と題したコーナー。今村さんら8人の著名人が大谷愛あふれるメッセージを寄せた。

   まずは翔吾が本名であることに触れたうえで、「翔」が人名漢字となったのは今村さんが生まれる3年前、昭和56(1981)年10月だったという豆知識の紹介。そして、翔の字がつく有名人は多いが、と振って「アンケートを取ったとしたら、今最も多くの人が名を挙げるのは彼ではないかと思う。そう、大谷翔平である」と本題に入る。

「素人の私から見ても、昨年の彼の活躍が異次元のものだと判る...『もはや漫画やん』と、何度呟いただろうか。いや、漫画を、映画を、小説を超えていた」

   今村さんによれば、フィクションにもリアリティーは求められる。でないと読者が一気に冷めかねない。「現実にあり得そうなことの、少し上を書くのがコツ」であり、去年の大谷を10年前に物語にしたら、作品になる前に編集者に止められていたと。

   だが、二刀流はもはや現実である。しかもベースボールの本場で。

「野球を題材に物語を作る人たちは、どうしたらいいのかと頭を悩ませるだろう...もう現実の大谷翔平で十分だと思わされてしまう。この活躍を超えるヒーローがもしいるとすれば、それは物語の世界ではなく、それもまた現実の大谷翔平なのではないか」
日本も米国も、球春到来
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義経を超える英雄に

   今シーズンは昨年を超えてくれるのでは、と野球ファンの多くが思っている。今村さんは打者としての大谷のほうが好きだという。「メジャーリーガーの剛速球を打ち返す瞬間が、いかなる逆境も跳ね返す彼の生き様と重なって見えるからであろう」と。

「ただそれ以上に、彼の笑顔が見たい...想像を絶するような努力をし、凡人には理解しえない苦悩もあるのではないかと愚考する。が、彼は笑うのである。楽しんでいる。少なくともそう見える。それは野球少年だけでなく、夢を追い求める全ての人に、原点を思い出させてくれるような気がするのだ」

   今村さんは名前の話に戻る。翔平という名は、故郷岩手の平泉にゆかりの源義経に由来するとの説があるそうだ。義経の武勇伝「八艘飛び」のイメージが「翔ぶ」という字に込められているのだという。このあたりから、歴史作家の見立てとなる。

「義経は当時の戦の在り様を変えた天才といえよう。大谷翔平もまた二刀流で、それまでの野球の概念を一変させた。歴史に、人々の記憶に、長く残るという点でも共通する」

   両者の違いは人柄。義経には人格者とは思えぬ節が多々あるのに対し、大谷はどうもその逆らしい。この違いゆえに、悲劇で終わる義経のストーリーとは異なる、ハッピーエンドの大谷伝説が生まれるのではないか...今村さんの期待は膨らむばかりだ。

「義経を超える英雄に。歴史作家として、そんな瞬間を生きていることを嬉しく思うと共に、同じ『翔』の字を持つ者として、彼の活躍を心より祈念する」

道なき道を...

   今村さんはこの1月に『塞王の楯』で直木賞を射止めた作家である。野球が好きで、座右の銘は〈道なき道を行く〉だというから、大谷に対する熱い思いがありそうだ。直木賞の元締め、文藝春秋のスポーツ誌が大谷原稿を依頼するのは自然な流れといえる。

   フィクションを超える現実...小説家としてこれほどの「商売敵」はないが、一野球ファンとしてはさらなる高みを期待してしまう。そんな心情を正直に吐露したメッセージである。編集部の注文に応じつつ、今村さんは「翔」つながりから義経に展開し、時代物を得意とする小説家の素養をさりげなく見せている。

   大谷と義経の人柄の違いに言及し、前者を持ち上げたくだりはやりすぎの印象もあるが、何より彼の笑顔が見たいという点は私も同意。大リーグのライバルや敵地ファンをも魅了する言動は大きな才能であり、明るいことは種目を問わずスポーツビジネスの大前提だ。しかも二刀流の剣士は、笑顔さえ天性のものらしい。

   2022年の開幕戦、大谷は先発投手を務めた後に指名打者に転じ、大リーグの長い歴史にまた「初」を刻んだ。第2戦では今季初安打と初得点を記録、夢の続きが始まった。圧倒的なパフォーマンスを誇るアスリートが、実は性格もいいというカンペキ。前例の地平を離れてどこまで翔んでくれるのか、できれば創作の余地を残さず消してもらいたい。

冨永 格

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