羽生結弦のスター性は超一流の表現力から ピアニスト反田恭平もうなった

   北京冬季五輪で羽生結弦選手は惜しくもメダルを逃した。しかし、2022年2月14日に現地で開かれた記者会見には多数の記者が世界中から集まり、今大会でもっとも注目を集めたスーパースターだったことを改めて印象付けた。

   羽生選手はなぜすごいのか――。これまでもアイススケート関係者やスポーツ専門記者らが詳しく報じているが、意外にわかりやすいのが、「表現」に深く関わる文化芸術関係者による分析だ。

北京冬季五輪フィギュア男子FSの羽生結弦選手(写真:新華社/アフロ)
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「羽生結弦は、女優です」

   女装家・タレントのミッツ・マングローブさんは、「アイドル」に詳しい。自著『熱視線』(朝日新聞出版、2019年8月刊)で、羽生選手について語っている。

「羽生クンのスゴさは、例えば『転倒したシーン』を、瞬時に『立ち上がるシーン』に変換させてしまう『ヒロイン力』です。『お黙りなさい! 転んだのではありません! これから立ち上がるところなのです!』と声高らかに凄まれることで、観ている側の感情も『勝て!』から『負けないで! ゆづぅ!』になる」
「羽生結弦は、女優です」

初出は「週刊朝日2016年5月6・3日号」の一文だが、今回の北京五輪の転倒シーンを予言したかのような内容だ。

「さらに彼は、ドラマティックさを煽る反射神経においても天才的です。高熱でふらつくステップも、傷口に滲む血も、過剰なまでに謙虚でストイックな姿勢も、たとえそれが本能だろうと、緻密な計算と綿密なシミュレーションの賜物だろうと、彼ほどぬかりなく『ひとつ足してくる』人はそういません。ホント痺れます」

水のように流れる

   毎日新聞は2022年2月7日の大阪夕刊で、ピアニストの反田恭平さんに聞いている。反田さんは昨秋のショパン国際ピアノコンクールで日本人の過去最高成績に並ぶ2位になった。羽生選手と同じく27歳。

   今季のショートプログラム(SP)で演じる「序奏とロンド・カプリチオーソ」について、反田さんは華麗な振り付けに注目していた。

「踊り方、指先までのコントロールも素晴らしい。最初の部分は『ミ』『ラ』と5度落ちてくる音型に合わせて、手を流れるようにしています。曲にあった流れで、水のようです。羽生選手の序奏はしなやかな部分を見せています」

音楽家としての観点から「表現者・羽生結弦」はどのように映るのだろうか。そんな記者の問いかけに、反田さんは、音楽に向き合う姿勢を絶賛した。

「曲のことを考えているな、と。羽生選手の良いところは、曲を尊重しているところだと思います。確かにクラシック畑の人間からしてみれば、曲を短くするとか、編曲はご法度です。唯一それをしても補えるのがフィギュアスケートなのかなと。表現者のスケーターが音楽を尊重して踊っていると、嫌な気持ちにはなりません」

「文章力」が優れている

   朝日新聞は2月15日、芥川賞作家で、長年のフィギュアスケートファンでもある町屋良平さんによる「羽生選手 主人公であり続ける力」という寄稿を掲載している。

 

   町屋さんによると、トップ選手は皆、卓越したスケーティング(滑りの技術)を持っている。とくに羽生選手の安定感は突出している。ジャンプやスピンなどを力みなく本番で実行する。ただ滑っているだけでまるで浮いているように軽く、どこにも力みが見られずに伸びていく。よいジャンプやスピンはよいスケーティングからしか生まれない、と解説する。

   そしてこれは、小説における文章力に似ているとも。文章が良いということは小説づくりの他の要素においてもすぐれていることの証左であり、イコールその小説がおもしろい、ということにつながるというわけだ。「スケーティングもまた、それだけで競技の根幹でありすべてなのだと思う」と、スケーティングと文章力を重ねながら論じている。

   フィギュアスケートは、スポーツの中では特に「芸術性」が重視される。それだけに、芸能、音楽、文学などの関係者による分析は、羽生選手のすごさを、同じ「表現者」としての立場からストレートに伝えてくれる。スポーツ関係者によるテクニカルな分析以上に、わかりやすい一面がある。

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