VR世界を30人で団体旅行 移動、観光、温泉を欲張りに楽しむ「VRCTrip」
「VR(仮想現実)」を基本の「キ」から押さえつつ、「VRを楽しむ達人」を目指す連載。ナビゲート役は、「メタバース」でのマーケティングや調査を手掛ける「往来」代表取締役の東智美(VR上でのアバター名:ぴちきょ)さんだ。
VRヘッドセット「Oculus Quest2(オキュラスクエスト、以下Quest2)」を手に入れたものの、コンテンツが多すぎて何を楽しめばよいかわからない...。前回はぴちきょさんに誘われ、VR向けSNSアプリ「VRChat」に存在する「授乳カフェ」で、いやしの時間を過ごした記者。今回は「イベンター」の力を借り、団体旅行へ出かけることにした。
「移動、観光、温泉」を楽しめるワールドツアー
ぴちきょさん「VRChatには個性豊かなワールドがたくさんあります。VR上でのイベント企画・運営が得意な人に、旅行プランを作ってもらいませんか」
この提案と同時に、VR旅行代理店サークル・YAL(ゆるふわエアライン)の、ひととせハルさんを紹介してもらった。「VRCTrip」という、(1)汽車に乗って目的地へ向かい、(2)観光地で気ままに観光し、(3)最後は温泉旅館でまったりする、ワールドツアー型イベントを定期的に手がけている。
コロナ禍の今、「たくさんの人とワイワイ盛り上がりながら、観光しがいのある場所を巡りたい」。ひととせハルさんにこうリクエストすると、数日後VRCTripのポスターとチケットがツイッターのDMに送られてきた。「参加者の気分を高める工夫をここまでしてくれる人は、一握り。ひととせハルさんは『体験』をプレゼントしてくれるイベンターなんです」とぴちきょさん。チケットがなくても参加できるが、手元にあるだけでワクワク感が段違いだ。
イベント当日。VRChatで、ひととせハルさんと予め「フレンド」になっておき、「ジョイン」する。一瞬で、青天の下で咲き誇るひまわり畑が広がった(ワールド名「夏の訪れ-The arrival of summer-」)。ここが、旅の出発地点。景色に目を奪われていると、ぴちきょさん(カメラマンとして記者に同行)とひととせハルさん、そしてもう一人男性のアバターが近付いてきた。今回サブコンダクターを務める、勇希夏矢さんだ。
次々と参加者が現れ、みるみるうちに30人近くになった。周囲で「はじめまして」とやりとりが繰り広げられ、人混みにいるような錯覚に陥る。目前の相手と会話するのにも、大声を出さなければならないほど。
ひととせハルさん「それでは皆さん、移動しまーす!まずは汽車に乗りますよ」
メインコンダクターが号令をかけ、次のワールドにつながる「ポータル」(複数人で同一のワールドに入るための仕組み)を開く。飛び込む時にはもう、「仕事」で来ていることを忘れかけていた。
ワールド間を移動する際に入る「ポータル」(写真右はサブコンダクターの勇希夏矢さん)
薄暗い洞くつの先にあったもの
ポータルを抜けると、そこはクラシックな雰囲気漂う汽車の中だった(ワールド名「Hiroshige No.36」)。ボックス席に座って、窓の外の夕陽を眺めたり、雑談をしたり、記念写真を撮ったり、食べ物の絵文字を表示させて「おやつ交換」をしたり。まるで修学旅行だ(画像2)。
15分ほど汽車に揺られたところで、ひととせハルさんから「目的地に到着です!」とアナウンスされ、我に返る。用意されたポータルに入ると、「ここはどこだ?」「ホラー系?こわーい」といった反応が次々上がった。旅先の情報は伏せられているため、着いてみてのお楽しみだ。
辺りは薄暗く、狭い(ワールド名「Sunshine Cove [MapAWeek] pt.7」)。洞くつのようだ。通路を進むと、行く手を木箱の山にふさがれた。
ひととせハルさん「皆さん、ピッケルを持ってください。木箱を壊して進みますよ!」
道の脇に大きなピッケルが置いてある(画像3)。参加者ひとり一人が手に取り、木箱に振り下ろして突破した。この先に何か潜んでいるのでは、と予感を募らせていると、誰かが「下の方に、船がある!」。奥は開けた入り江になっており、大きな海賊船が一隻隠れていたのだ。
30人全員で乗り込めそうな船(Sunshine Cove [MapAWeek] pt.7」)
ピッケルを片手に橋を渡り、らせん状のゆるい坂を下っていく。海賊船は無人で、乗船自由だ。操舵輪を持って海賊ごっこする人、欄干に立って海に飛び込む人、とにかく撮影が止まらない人と、各々が散策を楽しんだ。
記者も船長ごっこを満喫「勇希夏矢船員、取り舵いっぱーい!」
現実の私は今、大浴場にいるのでは?
次に訪れたのは、「ナイトサファリ」(ワールド名「Night Safari Hangout」)。平原にいるゾウやキリンたちと、好きなだけ触れ合える。備え付けの小さな棒状のギミックを使うと、花火を自由に打ち上げられるので、夜でも空が明るい。
ひととせハルさんは参加者を頼もしく導きながらも、終始黒子に徹していた(Night Safari Hangout)
ひととせハルさん「どこかにペンギンがいるので、探してみてくださいね!」
宝物探しならぬ、ペンギン探しに燃える参加者たち。あっという間にあちこちへ散っていった。記者も気分に任せて歩いていると、運良くペンギンエリアを発見!
ホッキョクグマもいた
散策の仕方を企画側が限定せず、出来る限り自由行動させてくれる。それだけにどのワールドも、とにかく滞在時間が足りない。もっと見て回りたいという声も上がったが...。
ひととせハルさん「最後の目的地は旅館です。なんと、温泉がありますよ!」
これは行くしかない。前のめりにポータルをくぐり抜けると、雅な音楽が流れる静かな宿の入口に立っていた(ワールド名「ケセドの桜旅館-CHESED's SAKURA RYOKAN-」)。
驚いたのは、音だ。大浴場に足を踏み入れた瞬間、それまでとは聞こえ方が変わった。話し声が反響するのだ。目をつぶったら、「リアル大浴場」にいると錯覚しそうだった。
全員で露天風呂に入った後(画像4)、宴会場へ。酒を注いだり、注がれたりしながら、「密」を気にせず話に花を咲かせた。気付けば、近くに居合わせた人は誰とでも垣根なく談笑する雰囲気ができていた。
用意されていた酒瓶とタンブラーで大宴会
勇希夏矢さんは「最初は知り合い同士でかたまっていても、最後にはいつも大きなひとかたまりになって、みんなで楽しんでいる。旅が、人と打ち解けやすい空気を作ってくれます」と言う。
1時間半の旅程では、各ワールドで美しい景色を見て回るだけに留まらない「体験(アクティビティ)」ができた。アバターで走ってもコントローラーを操作するだけなので疲れない。バーチャルなので、高所から飛び降りてもケガをしないし、水に落ちても濡れない。だから、リアルではできない「無茶」も楽しめた。人やワールドとの出会いを通じ、VRをさらに楽しむ道が拓けたようだ。