『同志少女よ、敵を撃て』が快進撃 発売直後にベストセラートップに
無名作家の新作が快進撃を続けている。逢坂冬馬 (あいさか・とうま)さんの『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)。なぜ、ソ連だけが第2次世界大戦で多くの女性兵士を前線に動員したのか、ということをテーマにした骨太の作品だ。
2021年8月、未発表のミステリーを対象とするアガサ・クリスティー大賞を受賞。11月17日に単行本として発売されると、1週間で5万部を突破し、すでに8刷。大手書店の文芸書ベストセラーのトップに躍り出ている。
審査員4人全員が満点
同賞の11回の歴史の中で、審査員4人全員が満点をつけたのは初めてだという。宣伝広告には、先輩作家らの称賛の声が並んでいる。
「文句なしの5点満点、アガサ・クリスティー賞の名にふさわしい傑作。──法月綸太郎(作家)」
「アクションの緊度、迫力、構成のうまさは只事ではない。とても新人の作品とは思えない完成度に感服。──北上次郎(書評家)」
「これは武勇伝ではない。狙撃兵となった少女が何かを喪い、何かを得る物語である。──桐野夏生(作家)」
12月4日の日経新聞読書面の週間ベストセラーによると、三省堂書店名古屋本店では早くも文芸書部門でベストセラーのトップ。このほか、丸善ジュンク堂書店文芸書、紀伊国屋書店全店の小説部門もトップになるなど、猛烈なスピードで大手有名書店を軒並み制覇しつつある。
押井守監督のメルマガに励まされる
物語の主人公は、モスクワ近郊の農村に暮らしていた少女セラフィマ。1941年6月、独ソ戦が始まった。独軍によって、母親や村人たちが惨殺され、復讐のため狙撃兵になることを決意する。似た境遇の女性だけで編成された小隊に入り、過酷な訓練を重ねやがて独ソ戦の決定的な転換点となるスターリングラードの前線へと向かう・・・。
著者の逢坂さんは1985年生まれ。明治学院大学国際学部国際学科卒。早くも今月4日の朝日新聞読書面の「著者に会いたい」欄に登場し、「個人と戦争の関わりに昔から興味がありました。はからずも動員され、連帯して戦うことになった女性たちの内面の移り変わりを通じて、戦争の悲惨さを描きたいと思った」と執筆動機を語っている。
「新人の作品とは思えない完成度」などと高い評価を得た今回の作品。実際には逢坂さんは、十数年前から文学賞への応募を続けており、クリスティー賞だけでも4回落選しているという。
落ち込んでいた時に、大好きな押井守監督のメルマガの質問コーナーに、不安を書き送ったところ、「プロになれるかどうかは、才能だけではなくて世の中の都合だったりするので、ここはあせらずに肩の力を抜いて努力しなさい」という返事をもらい、励みになったという。
殲滅戦、絶滅戦だった
日本で第二次世界大戦というと、太平洋戦争を思い浮かべる。しかし、世界的にみると、アジア・太平洋の戦いは全体の一部だ。主役はどちらかと言えば独であり、欧州が主戦場だった。特に激しかったのが、独とソ連の戦い。
ソ連の犠牲者は約2700万人。半数近くが戦闘員で、他は非戦闘員。独はソ連以外の戦線も含めた数字で戦闘員が約531万人、民間人が約300万人と言われる。両国とも、日本の犠牲者約310万人を大幅に上回るとされる。
20年の新書大賞を受賞した『独ソ戦』(岩波新書)によると、独にとってのソ連戦は、新たな「植民地獲得」という実利に加えて、ナチスドイツが「敵」とみなした者への「世界観戦争」「絶滅戦争」でもあった。健康な独の国民で、ゲルマン民族の一員であれば、ユダヤ人などの「劣等人種」、社会主義者や精神病者といった「反社会的分子」に優越しているというナチズム。占領したソ連領から食料を収奪し、住民を飢え死にさせても独の兵に食料を与えるという「飢餓計画」も立案された。したがって捕虜の扱いも冷酷をきわめ、約570万人のソ連軍捕虜のうち約300万人が死亡した。
有名なレニングラードの戦いでは、独は兵糧攻め作戦に出る。包囲して物資輸送を阻み、100万人が飢え死にしたと言われる。スターリングラードの戦いも凄惨を極めたが、それはレーニンやスターリンの名を冠した街自体を「地上から消滅」させることを狙ったものだったという。
日本にとっても誤算
ヒトラーは、ソ連との不可侵条約を破棄して対ソ戦を始めた。当時のソ連は37年から続いたスターリンの「大粛清」によって軍部が弱体化しており、緒戦では独がソ連を圧倒していた。
すでに日独伊の三国同盟を結んでいた日本は、独がソ連に勝つことを前提に、41年12月8日、真珠湾を攻撃、太平洋戦争に突入する。しかし、その直前の12月5日、独軍はモスクワまで30キロというところまで近づいたものの、冬季装備が届かず攻撃を中止。翌日からソ連軍が全面的な攻勢に出たことで、短期戦で勝利という独の目論見は崩れ、45年まで続く長期戦となる。それは日本にとっても誤算だった。
独ソ戦は、「グロッキーになったボクサー同士の戦い」と言われることがあるそうだ。フラフラになりながら延々と戦いが続き、最終的にソ連が勝利する。
こうした背景も念頭に『同志少女よ、敵を撃て』を手にすれば、一段と物語のリアリティを感じることができるに違いない。