「政局になる」という言葉の使い方 自民党総裁選が話題の今、調べてみた
言葉には新しい意味が加わることがある。「政局」もその一例だ。もともとは、単なる政治の動向を意味していた。ところが最近では、首相の予想外の退陣や、衆議院の解散など、政権を巡る突発的な重大事態を「政局」と呼ぶことが多くなっている。いつごろから使われるようになったのだろうか。
権謀術数がうごめく
「『政局になると血が騒ぐ』安倍氏に『再々登板』論...キングメーカーの胸中は?」(2021年6月14日、読売新聞)
「(菅義偉)首相、154日ぶりの休み 政局に備え心身リセット」(21年8月29日、共同通信)
「総裁選で動向注目 候補者関連の『政局銘柄』」(21年9月6日、産経新聞)
これらの「政局」はいずれも首相の座を巡る闘争を意味している。日本の政治家のトップを決める闘いに、候補者として名乗りを上げるべきか、それとも様子見するのか。永田町では、敵と味方が一夜にして交代するような権謀術数がうごめき、関係する国会議員たちは浮足立つ。誰を担ぎ、どちらに着くかで政治家としての近未来が決まるからだ。
こうした状況を「政局」と呼ぶようになったのは、そう遠い昔のことではないようだ。毎日新聞のベテラン校閲記者が回想している。それによると、新米の校閲記者になりたてのころ、「このまま政局になる」「政局とはしない方向」という言い方があることを知って驚いたという。1980年代前半のことだ。
「政局とは『政治・政界のなりゆき・ようす』(角川新国語辞典、1981年)を表す語で、戦局、時局などと同様、これからどうなるかという情勢、形勢のことだと思っていた。『先の読めない政局になりそうだ』というならわかる。しかし、なんら修飾語が付かず『政局にする・なる』とはどういうことか・・・政治家自身の発言の引用に限らず、記者の地の文にもたまに出てきた」(毎日新聞校閲センター記者によるウェブサイト「毎日ことば」より。筆者は軽部能彦氏)
駆け出し記者は初耳
同じようなことを、朝日新聞の曽我豪・編集委員(政治担当)も20年11月11日の「webronza」で書いている。
「政局」という言葉の意味、みなさんはわかりますか? 自分には謎だった」
「この言葉に初めて出会ったのは、平成元(1989)年の春。政治部に異動した初日だ。昭和最後の大政治スキャンダルとなったリクルート事件を巡り、竹下登政権が国会で社会党など野党の徹底追及を受けて立ち往生。内閣支持率は政権存続の"危険水域"とされる30%を大きく割り込んでいた。そんな最中である」
「先輩記者たちが明らかにピリピリした顔と声で、『今は政局なのだ』『政局をよく見ておけ』などと言う。政局? こっそり広辞苑をひいたが、『政治の局面』『政界のなりゆき』とあるだけで、まったく要領を得ない」
この記事から、少なくとも1989年の段階では、駆け出しの新聞記者の間では「政局」という言葉の意味があまり知られておらず、広辞苑にも「政治の局面」「政界のなりゆき」という説明しかなかったことがわかる。
今では辞書にも掲載
その後、「政局=首相の座を争うような権力闘争」という意味は、次第にメディアに登場するようになり、市民権を得ていく。
「ヤフー知恵袋」には2004年、「『政局』になる、などとよく言いますが、政局とはどういう意味ですか」という質問が出ている。「2000.11.06のテレビ朝日『ニュースステーション』で、福岡政行氏が『政局』を解説していた」「永田町用語の『政局』は、総理の進退を含む大波乱・対決を指すらしい」という趣旨の回答が載っている。
「日経ネットPlus」には2008年11月21日、「『政局』 政権動かす場面に多用」という解説が掲載されている。
上述の毎日新聞校閲記者コラムによると、『大辞泉』の第2版(2012年)には「政局」の意味に、「(2)政党内・政党間の勢力争い。特に、与党内での主導権争い。多く、国会などでの論戦によらず、派閥や人脈を通じた多数派工作として行われる。『――になる』」という解説が加わった。『新明解国語辞典第7版』(2012年)も、この語の「運用」の仕方として「政治家・報道関係者では『政局にする(なる)』の形で、『政争を引き起こす(が起こる)』の意に用いられ、首相交代や解散総選挙など、政界の勢力分野に影響を及ぼすような局面を言う」という説明を載せたという。
朝日の曽我記者は最近、改めて幾つか辞書をひいてみたそうだ。「デジタル大辞泉」の「派閥や人脈を通じた多数派工作」という辛口の説明が、自身の取材実感に近い、と書いている。
自民党の総裁選は、今まさに「多数派工作」の真っ最中。次期首相が決まるのはその後の臨時国会になる見通しだ。