後ろが見にくい車 下野康史さんは「支援システムの過信は禁物」と
週刊朝日(7月9日号)の自動車評論「それでも乗りたい」で、下野康史(かばたやすし)さんが車の後方視界とバックのしやすさについて書いている。
「振り返らなくなったなあ。長年、車の運転をしていて、そう思う...大きな理由は、今の車、後ろがよく見えないのである」
車内で振り返ってもムダ、ということらしい。車を後退させる場合、かつては「運転席で上体を決然と回転させ、リアウィンドーごしの景色を確認しながら、片手ハンドルでバックした」...そうそう、隣の彼女を意識しつつ、左手を助手席のヘッドレストあたりに回し、右手一本で操るのが腕の見せ所。本作に添えられた田中むねよしさんの漫画によると、右手は開いてハンドルに添えるのが「昭和のモテしぐさ」だった。
ところが昨今、そうもいかない。
「後方視界がよかったはずのセダンも"ハイデッキ"のフォルムがあたりまえになった。側面がクサビ型で、ボンネットよりトランクのほうが高くなっている。そのため、運転席で振り返っても、車のすぐ後ろの視認性はよくないのだ」
前後3列シートのミニバンは「"車の後ろ"が遠くにある感じ」だし、車高の高いSUVも「見晴らしがいいのはもっぱら前方視界である」と。
後ろが見えにくい弱点を補うため、最近のモデルの多くは後方カメラや超音波感知器を備えている。来年5月からは、全ての新型車にバックカメラの搭載が義務づけられる。
軽トラの優しさ
ここで下野さんは苦い体験に触れる。トヨタの新型車でコインパーキングに入った時のことだ。バックを始めるとすぐ、センサーがピピピと鳴り始める。センサーを信じきれない筆者がミラーを頼りに下がったところ、コツンと何かに触れた。塀の手前、車止め代わりに設置された細い鉄棒で、バンパーに小さなへこみができた。メーカーが取材用に貸し出した試乗車か何かだろう。返却時に告げたら4万円を請求されたという。
運転支援システムの過信は禁物と考える下野さん、仕事で乗る時はなるべくバックをしないよう心がけているそうだ。借り物の高級車も多いから気を遣うだろう。
「狭いところで転回する場合も、切り返しの数が増えてもいいから、バックの距離は最小限にする。背中にエンジンを背負ったスーパーカーなんて、後ろのナマ視界はないも同然だ。前進あるのみ...常に人より前へ出てモンダイを解決せよ、みたいなつくりである」
逆に、最もバックしやすい車といえば、日本特産の軽トラックらしい。「ふたり乗りのコックピット」だけはスーパーカーと同じだが、後方視界は大違いだ。
「ちょっと振り向けば荷台の後方も側方も見下ろせる。農家のお年寄りに軽トラが愛用されている理由のひとつは、バックのしやすさにあると思う」
「背中の目」が頼り
下野さんは自動車専門誌の編集記者を経て、1988年にフリーになった自動車ライター。持ち前のわかりやすい文章の端々に、ベテランの技や味を感じさせる。
本作のテーマは車の後方視界。ミラーや「上体回し」だけで後ろを確認していた時代は、リアウィンドーが大きく、視界が開けた車ほど運転しやすい。つまり安全面で理想のデザインだった。車体を低く、リアウィンドーを寝かせて格好いいフォルムにするほど、空気抵抗は減っても後方視界が犠牲になる。
昨今はバックカメラやセンサーなどの運転支援システムが充実し、デザインの自由度は高まった。背中に目がついたようなものである。
実は私(冨永)が趣味で転がしている小さなスポーツカーは、「スーパー」でもないのに後方視界は無いも同じ、駐車などの後退時はバックカメラが頼りとなる。
「背中の目」に慣れすぎると、逆に「目」がない前方の距離感に自信がなくなる。下野さん言うところの「ナマ視界」なのだが、たとえば信号待ちで前の車とどれほどの距離があるのかよくわからず、長めに1mほど開けて停めるのが習いとなった。
下野さんは運転支援システムの「過信は禁物」と言うが、私としては「本物の目を鈍(なま)らせる」というのが実感に近い。これまでは意識しなかったが、このコラムに添える写真を確認したところ、後方カメラの映像には〈車両周辺の安全を直接確認してください〉とある。便利な飛び道具も、あくまで補助なのだと自戒したい。
冨永 格