日本はなぜ「自己革新」がうまく働かないのか

■『政治改革再考―変貌を遂げた国家の軌跡―』(著・待鳥聡史 新潮社)
■『モンテーニュ 人生を旅するための7章』(著・宮下志朗 岩波書店)


   第1回の「最近の日本が『元気』を失った理由 『旧日本軍の組織』検証本から探る」を2012年9月に投稿して、93回目となる今回が評者の担当の最終回となった。この機会に、第1回のコラムを読み返してみた。日本で、新たな環境変化に対応するための学習能力、自己革新能力がうまく働いていない、と書いていたことを今更ながらかみしめた。

Read more...

「マルチレベルミックス」における不整合

   新型コロナウイルスの感染拡大という近年にない異常事態に直面した日本は、東京電力福島第一原子力発電所事故に続き、またもや極めて困難な課題に直面している。一番目に余るのは、この危機におよんでの、国と地方公共団体の連携のちぐはぐさだ。先の大戦時の陸軍・海軍の非生産的な権限争いを連想してうんざりさせられる。

   待鳥聡史・京都大学教授は、注目の書『政治改革再考―変貌を遂げた国家の軌跡』(新潮社 2020年5月)で、「1990年代以降に取り組まれた政治改革は、日本の公共部門の大部分を対象とした、きわめて広範囲にわたるものであった。その広がりと意義は、明治期における近代立憲国家の建設や、終戦直後における占領改革に匹敵するとさえいえるかもしれない」という。そして、「冷戦終結後の新しい環境に対応することを目指したに止まらず、より広く日本の政治行政や経済社会を合理化することを志向する、より能動的な自己変革の試みであった」とする。

   ただ、大きな視野でみれば、「複数の領域相互間の連動すなわちマルチレベルミックス」における不整合が、思うような成果をあげていないことにつながっていると分析する。全体の改革の中での地方分権改革の志向性が齟齬しているとし、また、整合性のある改革が着手されなかった領域として、国会、特に参議院、そして、地方自治体内部の政治制度をあげている。

   安倍政権下でのコロナ対応を政治学者の眼で生き生きと描いた、竹中治堅・政策研究大学院大学教授の秀作『コロナ危機の政治 安倍政権vs.知事』(中央公論新社 2020年11月)も、上述の待鳥教授の著作を参照しつつ、国と地方公共団体の政治制度の違いなどから生じる影響の分析や、感染症対策での、国と地方公共団体の権限配分の再検討の必要性に言及している。

マキアヴェッリやモンテーニュを再読

   明けない夜はないという。コロナ危機も永遠に続くわけではない。今回の経験を学習し、自己革新を続けていく地道な努力が求められよう。評者も、もうしばらく、自分の領域で取り組みを進めていきたい。

   将来、余裕ができたあかつきには、慌ただしいSNS時代だからこそ、紙の本のページをゆっくりとめくる贅沢を味わいたいものだ。「公務員」の大先輩にあたる、マキアヴェッリやモンテーニュの著作をじっくり紐解いてみたい。マキアヴェッリについては、「マキアヴェッリの洞察に唸る 『権謀術数』論からの脱却」と題して、少し紹介したことがある。その『マキァヴェッリ全集 全7巻』(筑摩書房)やモンテーニュの『エセ―(随想録)』、加えて敬愛する堀田善衛の手になるモンテーニュの評伝『ミシェル 城館の人』は、未読のまま評者の自宅の本棚におさまっている。

   モンテーニュへの身近な入門書として、『モンテーニュ 人生を旅するための7章』(宮下志朗著 岩波書店 2019年7月)がある。『エセ―』の新しい全訳を行った著者の軽快な筆さばきが快い1冊だ。モンテーニュは、フランスを二分した16世紀後半の宗教戦争の中で、実務にも携わりつつ、さまざま思索を深めた。モンテーニュの生きた時代は、本当に悲惨な内乱の時代であり、それを踏まえて、モンテーニュは、「世直し」には否定的だったという。

「人間は具体的な問題に直面して考え、対処するものだ」

   しかし、今の日本については、待鳥教授がいうように、「変化は改革を断念したところから生まれてくることはなく、現状維持でやり過ごせるほど日本の政治行政や社会経済が置かれた状況は甘くない。今後、日本が最も苦しい時期を乗り越えていくためにも、過去の改革の試みから学ぶべきこと、それを踏まえて取り組むべきことはなお多いのである」というべきだろう。

   元京都大学教授で国際政治学者の故高坂正堯については、『尖閣外交「1発逆転」はあるか 「現代の古典」に学ぶ『構想力』』など折に触れて紹介してきた。

   時事評論を大切にしていた高坂は、時事評論集『長い始まりの時代―外交感覚・3』(中央公論社 1995年)のまえがきで「人間は具体的な問題に直面して考え、対処するものだし、それ以上は、大体のところ望み難い」と断じていた。この高坂の言葉をこのコラムのしめくくりとしたい。

経済官庁 AK

注目情報

PR
追悼