雨にぬれても 室井滋さんはトイレで「男装」して窮地を脱した

   女性セブン(4月22日号)の「ゆうべのヒミツ」で、室井滋さんが、急な雨でびしょ濡れになった後の顛末を面白おかしく綴っている。

   「春の嵐でえらい目に遭った」...その日、室井さんは自宅から二駅離れたお気に入りの喫茶店に自転車で向かっていた。パラパラと降っていたが、そんな日は愛用の百円ビニールガッパに頼る室井さん。大雨でもそんなに濡れたことがなかったので、安心していたらしい。思えば天気予報は〈雨、所により暴風に警戒〉だった。

「隣町に入った途端、急にバケツをひっくり返したような雨に変わった...名作を模すれば、"横町の横断歩道を渡り、角を曲がると豪雨地帯であった"といったカンジか」

   いちばんの誤算は強風だった。前方から吹きつける雨風に、自転車のサドルから下、つまり下半身が直撃された。

「風に流されて大粒の雨が容赦なく私の股と股の間を狙い撃ちする...股間への集中攻撃で私のズボンはあっという間にビショビショになり、それがどんどん奥へと浸み込んで、下着に到達したと感知した」

   ここで筆者は思案する。引き返すか、そのまま進むか。選んだのは後者。目ざす喫茶店はすぐそこだ。ビショ濡れで飛び込めば店に迷惑をかけるだろうが、Uターンしてさらにずぶ濡れになるダメージは避けたい。そんな「本能的な選択」だった。

雨の中、自転車は大変
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Tシャツをはく

   さて、店の大屋根の下で自転車をとめ、カッパを脱いだ室井さんは、傘を借りて近くのコンビニへと向かった。とりあえず着替えを手に入れなければならない。

   衣料スーパーと違い、品選びで贅沢は言えない。男物の靴下に2枚組のTシャツ、女性用の下着は見当たらないので男物のトランクスにタオル。そして、すべてを隠すための黄色い雨ガッパを購入した。

「喫茶店の表で雨の滴を拭き、レジ袋を胸にトイレへと急いだ。中で素っ裸になって、脱いだ衣服をレジ袋に仕舞い、全て着替えた上から黄色いカッパを着た。ズボンが手に入らなかったので、透けない色付きカッパをワンピースのように羽織る...」

   作戦成功...と思いきや、カッパの丈が短く、前をとめるボタンも腰あたりまでしかない。「トランクスが人目についたら何としよう。おばさんの変態と思われるよね」と自問自答した室井さんは、Tシャツの残り1枚に目をやった。

   「これを半ズボンみたいに穿くっきゃない...フン、どうよ、まだまだ頑張れるわよ、私!」と自らを励ましながら、個室内で最後の「変装」が始まる。

「裾から逆さに左右の袖に足を通す。まるで特大ブルマのようだが...手洗いの鏡で我が姿を確認し、私は平静を装って席に着いた。そしていつものようにブラジルを注文するのでありました」

転んでもタダでは

   このエッセイのタイトルは「パンツがえらいことになりまして...」である。ファンは読む前から期待を高めるほかない。コンビニでの品選びからトイレ着替えに至るクライマックスは、おとぼけあり、自虐ありの室井ワールド。男物のトランクスを隠そうとTシャツを穿く場面は、個室での行為とはいえ鬼気迫るものがある。人間、困ったときはとんでもないことを思いつくものだ。それを丸ごと書いてしまう豪胆も彼女らしい。

   身辺雑記のコラムを連載していると、つい「書ける材料」を探して生活することになる。私の場合、あまり強そうでない男が絡んでくるとか、外国人に道を聞かれるとか、手ごろなハプニングが我が身に降りかかって来ないかという、淡い期待を常に抱えていた。

   いつだったか、新橋で立ち食いそばをすすっていたら突然電気が消えた。昼間だから店内が薄暗くなっただけだが、巨大な炊飯器二つをオフにし、店頭の券売機を素早く立ち上げた店長の行動が印象的だった。電源が落ちた場合、復旧には優先順位があるらしい。この体験、2011年の震災後、節電や計画停電についてのコラムに使った。

   室井さんはずっと自然体だろうが、トイレで着替えつつ、あるいはコーヒーでひと息つきながら、どう書けるかを考えていたのではないか。

   転んでもタダでは起きない。ライターという仕事の性(さが)である。

冨永 格

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