デジタル行政は「オードリー・タン」に学ぼう

■『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(著 オードリー・タン、プレジデント)


   現在の政権になって、コロナ禍もあって、「デジタル」がブームとなっている。デジタル庁という役所までが一気に出来上がる。国家公務員の新たな総合職として「デジタル職」も創設され、今後、行政に求められるもの、そして、行政官に求められる能力も変わってくるように思う。

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「誰一人取り残さないデジタル社会」

   こうした状況の中で、コロナ対応で世界的に注目を集めたのが、「オードリー・タン」だ。昨年の今頃、日本がマスク不足で大混乱になっている中、世界に先駆けていち早くマスク供給システムを作り上げて混乱なく乗り切り、その後も、発生源中国のお隣にあって、継続して感染を抑え込んでいる。

   さぞ最先端のITエンジニアで、本来は政治と縁のない、住む世界がちょっと違う人だろうと先入観をもって本書をとった。ところが、その先入観は大きく裏切られる。

   これまで、「誰一人取り残さないデジタル社会」という言葉に、現実味のない言い訳のように感じていたが、マスク問題への対応にみられるように、ITから一番遠くにいる人への対応から思考をスタートし、社会問題を解決していくことの意味とアプローチを明確にしてくれる。

   すなわち、マスク供給システムを作るなら高齢者が使いやすい仕組みから考える。また、5Gは地方から導入するというアプローチもそうだ。AIについても、脅威論ではなく、人間を補助し、可能性を広げてくれる道具としてとらえる。そして、ソーシャル・イノベーションの三つのキーワードとして「持続可能な発展」「イノベーション」「インクルージョン」を掲げ、それを実践し、結果を残している。実際、広く社会問題を解決するために門戸を広げて臨んでいる。行政官として見事としか言いようがない。

台湾という民主国家の魅力

   本人、マイノリティに属しているからこそ提案できることがある、とされているが、デジタル・ガバメントを実現していくうえで、大切な示唆をいくつも与えてくれる。それを実現できる台湾という環境もすばらしいと思う。

   1億人の規模だと動きにくい、高齢社会ではデジタル・デバイドを生むといった日本人がよく使う理屈は言い訳に過ぎないんだろう。また、日本に親近感を抱いていることも伝わってくる。「ドラえもん」など日本のカルチャーに触れて育ち、隣国にあって、自然災害など同じ経験を重ねていることがその背景にあるとしている。自分自身、台湾への知識が乏しかったが、改めて台湾という民主国家の魅力を感じる。

   行政官としてだけではなく、同時に、本書に記されている生い立ちとデジタル担当政務委員に就任した経緯を見ると、政治・行政の中に身を置く目的と覚悟がある。将来、トップまで行くのだろうか。この面でも楽しみだ。

   我々にとっても、デジタル化やAIの活用は不可避であり、彼が実践しているように、社会課題の解決に活用できる手段である。これをどう国民サービスに活用していくか、日本の行政官に突き付けられた課題として正面から受け止めるいい機会となった。デジタルにはついていけない、と諦めるのではなく、まずは一読をお勧めしたい。

経済官庁 吉右衛門

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