捨てない選択 五木寛之さんは「断捨離」に抗い昭和を抱きしめる
週刊新潮(2月18日号)の「生き抜くヒント!」で五木寛之さんが、コロナの外出自粛が強いるデジタル生活と、それに対するささやかな抵抗を記している。
「朝食をたべながら新聞を読む。なんとなく古い昭和期のライフスタイルだが、このところ夜型から朝型の生活に変わったので、すっかり定着してしまった習慣である」...こう書き出した五木さんは、「型」を変えた理由を説明する。
「私が五十年来の深夜生活を朝型に切り替えたのは、偶然ではない。私はコロナ到来とともに、世界が夜型から朝型へと転換するだろうことを体で予感していたのだ」
確かに世は緊急事態、夜にふらふら出歩くことが憚られる毎日だ。
「第一次世界大戦以後、パリも、ロンドンも、ローマも、ベルリンも、つねに夜に花開く街であった。不要不急の人びとが夜の街にあふれた。それがいまはゴーストタウンである。フクロウもミミズクも、夜中に飛ぶわけにはいかなくなった」
コロナは人々を、とりわけ高齢者を家に封じ込め、スマホやパソコンがなければ夜も日も明けないは大仰としても、不便を強いる日常である。五木さんは、スウェーデンの精神科医が書いたベストセラー『スマホ脳』(新潮新書)の書評に惹かれたとしたうえ、新書ひとつ買うにも往生する時代を嘆く。
「若い人ならアマゾンで、となるのだろうが、こちらは本を手にとってパラパラ、ページをめくり、匂いをかいでからレジに持っていく旧世代である」
ちなみに『スマホ脳』は、〈デジタル機器により集中力が奪われていることを、人類史にさかのぼって論じている〉(天声人語)そうだ。
ゴミの山から
とはいえ五木さん、スマホを頑なに拒んでいるわけではない。
「生きていくつもりなら、時代に適応しなければならない。デジタルの時代には、デジタルな人生観が必要だ...ときには反時代的な生き方を選ぶのも、適応の一つの方式なのである。私はそれを『背進』と呼んでいる。うしろを向きながら前へ進むのだ」
背進の例として、五木さんはいわゆる〈断捨離〉や〈簡素な生活〉への違和感を挙げる。
「人間の文化とは、何千年、何万年の記憶の集積の上に成り立っている。いわばゴミの山に埋もれていまの時代があるのだ...モノを捨てたところで、私たちは無一物の姿にもどれるのだろうか」
そもそも所有ということが無意味だという。このあたり、作家が向き合ってきた仏教の教えにも通じるものがありそう。周囲に「自分のもの」があふれているというのも錯覚で、だからそれを捨てたところで大した意味はないと...88歳の達観らしい。
「過去の記憶もそうだ。私は自分が育った昭和という時代の記憶を忘れたくない。決してガラクタを捨てまいと、ひそかに心に誓っているのである」
原稿用紙と万年筆で
五木さんの随筆を当コラムで引用させてもらうのは5回目。文壇の大御所らしく、作品には老いを楽しむような余裕があり、ふた回り下の私などは読むたびに勇気づけられる。老いゆえの泣き笑いは身体の衰えだけではない。本作でも触れられているが、次々に登場するデジタル機器や、新たな社会システムとの格闘も重いテーマである。
五木さんはスマホではなく、「通話機」としてガラケーを持つそうだ。それも外出時には携帯せず、普段は電源も切っているという昭和の人。辞書は電子版ではなく分厚い活字版で、パソコンも使わず、原稿はコクヨの四百字詰めに万年筆で書く。
ご自身は「不自由なことは多いが、それでも生きていくのが困難なほどではない」と意に介さない。頼もしい先輩だが、担当編集者の苦労がしのばれる。
本作のキーフレーズは「ゴミの山に埋もれていまの時代がある」...貫くのは、文化は不要不急から始まり、ゴミのような記憶の堆積として熟成される、という筆者の思いかもしれない。コロナは人の営みを制約し、社会を窮屈にした。
五木さんは夜型を朝型に変え、「うしろを向きながら前へ進む」ことで、そんな時代に適応を図る。大切なガラクタを山と抱えたまま。
冨永 格