医療崩壊は本当に起きるのか 現役医師が「文藝春秋」で指摘した「弱点」
新型コロナの拡大で医療崩壊が起きるのではないかと心配されている。本当に医療は危機的な状況なのか――。発売中の「文藝春秋」2021年2月号は「第二次コロナ戦争」を特集しているが、その中で、医師・医療経済ジャーナリストの森田洋之さんが「日本だけなぜ医療崩壊が起きる」と題し、クールな分析を寄稿していている。
日本は世界一の病床保有国
8ページにわたる論考の冒頭で、森田さんは「私は『医療崩壊』について半分は眉唾だと思っている」と語っている。
その理由として、一つには日本が世界一の病床保有国であることを挙げている。OECDのデータによると、人口1000人あたりの病床数は米国の2.9倍。英国の4~5倍。重症の患者を診る病床数は、米国やドイツには及ばないが、イタリアやフランスに比べて遜色がない。MRIやCTの人口あたりの台数はいずれも二位以下を大きく引き離して世界トップだという。
医師の数は、OECDの下位(28位)だが、看護師数は先進国の中では比較的多い。
何よりも2020年12月半ばのデータでは、新型コロナの10万人あたりの感染者数や死者数が欧米よりも極端に少ない。10万人あたりの感染者は、米国は日本の30倍以上、欧州主要国は20倍前後。死者は米国も欧州主要国も40倍以上。それでもまだ医療崩壊が起きていない。
にもかかわらず、なぜ日本で医療崩壊が叫ばれているのか――。森田さんは、日本の医療システムが、緊急事態に臨機応変に対応する「機動性」に欠けていることを強調している。その背景として、先進国の病院の多くが公立もしくは公的病院であるのに対し、日本の病院の8割が民間病院で、中小病院が多いことを挙げている。常に「満床」を目指して経営されているため、臨機応変に感染症に対応することが難しいのだという。
日本の病院は「常に満床を目指して運営」
森田さんはやや変わった経歴だ。1971年生まれ。いったん一橋大学経済学部を卒業してから、宮崎医科大学医学部で学び、2009年より北海道夕張市立診療所に勤務。同診療所所長を経て、鹿児島県で研究・執筆・診療を中心に活動している。2020年、鹿児島県南九州市にクリニックを開業。著書に『破綻からの奇蹟』(南日本ヘルスリサーチラボ)、『医療経済の嘘』(ポプラ新書)などがある。経歴からもわかるように、医療問題について「経済」の角度からのアプローチが際立ち、「医療経済ジャーナリスト」の肩書も持つ。
2020年9月刊の『日本の医療の不都合な真実――コロナ禍で見えた「世界最高レベルの医療」の裏側』 (幻冬舎新書)でも、日本の医療システムの硬直性を論じていた。都内には約12万の病床があるが、ごくわずかしか感染症病床として使われていないことなどを例に挙げ、日本の病院は「常に満床を目指して運営されており、想定外の事態のために空床を確保しておく余裕が取りにくい」、それゆえ「世界一の潤沢な医療資源を有事の際にスピーディーに運用・活用することができない」ことを指摘していた。
共同通信によると、政府は13日、新型コロナウイルス対応を話し合う与野党との連絡協議会で、感染症法改正により、入院拒否の感染者に対して1年以下の懲役または100万円以下の罰金を想定していると説明したという。
今回の文春の論考で森田さんは、最前線で苦闘している医療関係者が本当に求めているのは、「感謝のメッセージでも、表面的な法整備でも、場当たり的な対策でもない。真に国民の命を守ることが出来る、誰かの犠牲で成り立つのではない無理のない医療システム」だと強調し、柔軟性のある医療システムの構築に向けて国民的議論の必要性を訴えている。