「バイデン大統領」で日米安保協力はどうなるのか
この週末、米大統領選挙で、民主党のバイデン前副大統領が当選を確実にしたことが大きく報じられている。専門誌「軍事研究」の常連の寄稿者であり、テレビ出演などでお茶の間でもよく知られる軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏は、2014年の著作「イスラム国の正体」(ベスト新書)で、「現実の世界でもっとも重要なのは、米国の安全保障という視点で、米国内世論がどう動くのかということなのです」と喝破している。また、2016年の著作「イスラム国『世界同時テロ』」(ベスト新書)では、テロ大流行の下地を作った「プーチンとオバマの罪」として、米国の無策に乗じたロシアの策謀を指摘し、今後も地域紛争は頻発すると的確に予言していた。米国の今後の動向は見逃せない。
軍事ジャーナリストの見方を知る
その黒井氏が、最近の日本の安全保障について、その豊富な知見を背景に見解を述べた著作が、「新型コロナで激変する日本防衛と世界情勢~今、そこにある危機―北朝鮮の核ミサイルと中国軍」(秀和システム 2020年10月)である。「コロナで世界情勢はどう変わるか」、「日本にとって本当の脅威とは」、「イージス・アショア撤回と岐路に立つ日本の防衛」、「コロナでも変わらない核武装国家・北朝鮮の脅威」、「日米安保の現場―いかに中国を封じるか」、「世界の敵となったプーチン終身大統領のロシア」、「フェイク情報工作という戦争」、「緊迫の中東・湾岸情勢と日本外交の誤謬」、「日本が生き残るための戦略とは」、との序章と全8章から構成されている。
軍事を専門にする経験豊富なジャーナリストからみると、日本で一般に流布されている言説とこうも違うのか、と驚かされる。
例えば、(1)日本にとっては、北朝鮮、中国、ロシアの3か国の脅威にさらされているが、日本は北方領土があるのでロシアと敵対しないということを優先してきたため、ロシアは、潜在的な脅威に留まっていること、深刻な脅威は、北朝鮮の核ミサイルと中国軍であること、(2)北朝鮮の日本への核ミサイル発射は、北朝鮮の体制が崩壊する場合に自暴自棄なものとして起こりうるもので、その場合米軍の抑止がきかず、その対処にはミサイル防衛システムが極めて重要であること、それにもかかわらず、軍事合理性のあるイージス・アショアを防衛省の不手際で撤回してしまったこと、(3)日本の安全保障の本丸は、日米同盟で、米軍と共同で、中国を抑止すること、「対基地攻撃能力」は、対北朝鮮には意味がなく、対中国には意味があること、(4)日本外交は、ロシア・中国と駆け引きができていないこと(一切しようとしないこと)、(5)イランは、中東の紛争の火種となる問題国家だが、日本外交はイランに利用されているだけであること、などである。また、ロシアがサイバー空間で民主主義国家を脅かすフェイクニュースの重要な発信源となっているという分析には心胆(しんたん)を寒からしめさせられた。
安保条約を冷静に解釈した本は多くない
黒井氏が最後に指摘するように、日本は「情報力」をあげなくてはならない、また、安全保障について相手とゼロサムになる場合も多いことを忘れず安易に受身的な協調に流れるべきでない、との指摘は、これからの日本に必要な戒めだろう。
黒井氏がいう日本の安全保障の本丸、日米同盟の根拠は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」(日米安保条約)である。極めて重要な条約で、これを廃止の方向で批判する著作はあまたあるが、今年は条約締結から60年の節目というのに現実の条約の解釈を冷静に考察した本は残念ながらなかなかみることはできない。日米安保条約の逐条解説は、外務省のホームページにあるが、一般向けにわかりやすく解説したものはなかなかない。手ごろな「はじめて読む日米安保条約 ― 日本の安全と繁栄を支えた10の条文」(坂元 一哉監修・解説 宝島社 2016年5月)は現在入手困難だ。日米安保条約は、「物と人との協力」といわれる。21世紀の日米安全保障協力の在り方を考えるための準備作業として著されたのが、「日米同盟の絆」(坂本一哉著 有斐閣 2000年)である。著者の恩師・国際政治学者高坂正堯の思い出に捧げられ、2000年のサントリー学芸賞を受賞した名著である。本年4月に増補版が出された。ここで、物とは「基地」で、人は「米軍」を指す。
日米地位協定に「大いなる誤解」
そして、在日米軍の基地使用、行動範囲、米軍関係者の権利などを保証したものが、「日米地位協定」である。この地位協定についても、頭ごなしの批判の著作は多いが、冷静かつ学術的な考察で一般向けに書かれたものとして、「日米地位協定~在日米軍と『同盟』の70年」(山本章子著 中公新書 2019年5月)がある。本年の石橋湛山賞(第41回)を受賞した好著である。財団は授賞理由について、「本書は、在日米軍の駐留に視点を据えて戦後の日米関係史を概説しています。山本氏は特に、日米両政府が60年の日米安保改定、地位協定締結の際に、取り交わした『日米地位協定合意議事録』を問題視します。2004年まで非公開だった『議事録』は民主主義国家間の条約や協定の正統性を著しく阻害すると主張。日米同盟関係には深い闇のようなものが感じられるが、それはこの『合意議事録』によるところが大きく、また米軍への『"過剰な優遇"の根源』であると指摘します。日米同盟の真価が問われようとするとき、国会で承認されていない『合意議事録』を撤廃することが喫緊の課題だと山本氏は主張します。深い信頼関係が土台になければ強固な同盟関係は成り立たないからです。本書は日米同盟を重視しつつ、米国に対しても、非は非と主張し続けた石橋湛山の名を冠する本賞にふさわしいものといえます。」としている。
山本氏は、ちまたでいわれる「(在日米軍について話し会う)日米合同委員会が諸悪の根源」、「ドイツやイタリアと比べて不利」という言説には大いなる誤解があること、日米安保条約は、同盟関係と米軍駐留が切り離せない構造になっているため、米軍に不利になるような「日米地位協定」の見直しは、米軍の日本撤退、同盟関係の解消につながりかねず、日米安保条約を肯定する世論が多い中、日本政府は見直しのリスクをとれないことなどを冷静に指摘している。
既存の条約や法律論議を超えた、21世紀の日米安全保障協力の在り方を考えるためにも、まずは、これらの著作で足元を固めたい。
経済官庁 AK