男性育休「義務化」を 職場と家庭は飛躍的に変われるか
■『男性の育休』(著・小室淑恵/天野妙 PHP新書)
1991(平成3)年に育児休業法(当時)が成立して育児休業制度が法制化されてから約30年、累次にわたる制度改正の取り組みが行われ、普及にも力が注がれてきた。女性でみれば、1996年度に49.1%だった育児休業取得率は、2019年度では83.0%になっており、多くの女性が1年前後の育児休業を取得したのち職場に復帰している(厚生労働省「雇用均等基本調査」)。
国立社会保障・人口問題研究所の「出生動向基本調査」や厚生労働省の「21世紀出生児縦断調査」をみても、近年、妻の出産前後の就業継続率はそれなりに上昇してきている。育休の普及・活用が後押しとなっているとみられる結果も示されていて、育休が女性の出産・育児期におけるキャリア継続の支えとして重要な役割を果たしていることが確認できる。
しかし、男性についてみると、育児休業取得率は、1996年度の0.12%から、上昇してはいるものの2019年度で7.48%にとどまっており、取得期間も、7割程度は2週間未満、8割程度は1か月未満となっている。普及の速度はかなり緩やかだ。少子化対策の柱として育休が十分な役割を果たすためには、男性の取得率上昇(男性の家事・育児参加)が急がれるということは、多くの人々の共通認識だろう。
日本の育休制度、男性の育休期間は柔軟性が高い
本書では、各種アンケート調査や若者たちの声から、多くの若い男性は育休を取得したいと希望し、多くの若い女性は夫に家事・育児で役割を果たしてほしいと思っていることが示される。そして、現在の日本の育児休業制度は、取得可能期間や所得保障の水準でも、諸外国に比べて見劣りするようなものではなくむしろ手厚い面もあること、男性が育休を取得するとき取得期間の柔軟性が高くなるような工夫があることなども指摘される。
問題のひとつは、会社で制度化されていなければ取得できないという誤解があるなど、我が国の育児休業制度が十分に知られていないこと。もうひとつは、企業などの職場に、長時間労働や属人的な仕事のやり方など育休を取得しづらい雰囲気が(まだ、かなり)あることだという。そして、男性育休「義務化」が必要であるという。
著者のいう「義務化」のポイントは、個人の選択の自由を前提としたうえで、「企業には、育休取得対象者に対して、取得する権利があることを必ず説明する義務がある」ことを規定するという「周知」の義務化。これまでの普及啓発活動は主に男性本人へのものだったが、これからは企業に本質的な行動変容を促す必要があるという考え方が基本にある。「『男性育休』は当人のみならず全ての社員の価値観を変える大きなチャンス」「社会を変えるレバレッジポイント」だからあえて「義務化」という「パワーワード」を使っているともいう。
問われているのは、これまでの男性の働き方
本書では、男性の育休は企業にも様々なメリットをもたらすことが示される。ある育休を取得した男性は、育休をきっかけに家庭のことを考えるようになり、仕事に復帰してからも家族と過ごす時間のために、いかに仕事を効率化するか、同僚と円滑に情報共有するかを意識して働くようになったという。
職場には、今週は子どものために早く帰りたい、多少残業してでも今の仕事を仕上げたいなど様々な人がいる。こうした人々をどのようにつなげてチームとして成果を出していくか。部下の育休で上司のマネジメント力が向上したり、上司の育休が周囲の社員や部下の成長の機会になったりした例も紹介されている。
企業の直面するリスクや企業価値についての考え方が大きく変わってきたことも指摘されている。企業のSDGs(持続可能な開発目標)の取り組みが重視されるようになり、SNSが発達し、ハラスメントに対する世の中の目が厳しくなっているいま、人を大事にしない企業は企業価値低下のリスクを抱えていることになる。
こうしてみると、問われているのは、これまでの男性の働き方なのかも知れない。男性の育休(起点)→男性の家庭進出→職場と家庭の大きな変化→社会経済上の課題(少子化・人口減少、企業の生産性・競争力の向上など)の克服→多様なバックグラウンドをもつ人々がお互いに尊重しあい暮らしやすい社会の実現(もちろん夫婦で協力して子育てもしやすい)・・・というこれからの展望を期待したいわけだが、職場と家庭は飛躍的に大きく変わることができるだろうか。全国のたくさんの「上司」に、本書で示されたようなデータ・分析・具体的事例がいきわたり浸透してほしいと思う。
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