「食と農」固定観念から脱却し大きな可能性を提示
■『マッキンゼーが読み解く食と農の未来』(著・アンドレ・アンドニアン、川西剛史、山田唯人 日本経済新聞出版)
7年8か月ぶりに政権が変わった。「行政の縦割り」や「悪しき前例主義」の打破が看板政策として掲げられている。既得権益や時代遅れの規制の見直しが代表例だろうが、固定観念からの脱却も一つの視点のように思う。
この点、農林水産業は、衰退産業・保護政策、農村対策・過疎対策、超高齢化、減反、高コスト、自給率の低下、農協の存在といったことが当然の前提で、他の産業分野にはない参入規制や手厚い補助もやむを得ないという暗黙の了解があるように思う。経済産業省と農林水産省は組織理念・行政手法が違うのも当然となる。その意味では行政の縦割りの問題かもしれない。この食と農の分野について、従来の固定観念を無視して国際的な視点から未来を読み解き、大きな可能性を提示するのが本書である。
れっきとした成長分野
コンサルティング会社らしく、様々なデータとパワーポイントを駆使して、一つの産業分野として白いキャンパスに農業分野を取り巻く大きな環境分析を行う。日本の農業の現状をイメージしながら読むと、かなりの驚きである。
まず、世界的な人口の増加と所得水準の向上から、需要は拡大を続ける。高齢化・人口減少局面に入った国・地域だけ見ていると見逃しがちだが、れっきとした成長分野なのだ。そして、「アグテック」というらしいが、AI(人工知能)や自動化技術、更にはゲノム編集技術により、我々の想像を超えて生産性を大幅に引き上げる可能性を秘めている。また、食習慣の変化や消費者ニーズの変化も激しく、その分、収益機会も大きい。
これらの新技術をリードし、市場の変化に対応するため、農業ビジネスには、川上から川下まで、超巨大企業が誕生して国際的にしのぎを削っている。同時に、市場には資金も集まり、新興のアグテック企業も現れる。先祖伝来(とは言え江戸時代は小作だったと思うが。。。)の土地を大事にし、小さい農家を保護することが主眼になっているような農協中心主義では到底太刀打ちできない。また、こうした取り組みは、フードロス対策を含め、地球環境保全にも大きく貢献することが示されている。単に一産業分野の成長戦略というだけではなく、持続可能性という視点からも重要な取り組みになるのだ。
現在の超高齢化・担い手不足はチャンスでもある
農家は弱者という固定観念、自給率しか見ない農業安全保障、伝統的なコメ中心の農業政策が、こうした視点を奪い、チャンスを逃したのではないか?日本は土地が狭いし高い、労働力も不足し高いというのが言い訳にされてきたが、農業輸出大国のオランダや漁業先進国のノルウェーの現状を見るに、いつまで同じことを言い続けるのだろうか?
かと言って、担い手の高齢化、集約が困難な農地、錯綜する既得権益、縮小する国内市場の環境下で、世界に伍して行ける成長産業への転換が可能なのだろうか?本書では、ベストプラクティスの共有、国家戦略としての農作物の輸出促進、農業バリューチェーンの縦割り排除など、いくつかの処方箋を示しているが、これだけでは実現可能な未来図は描けないだろう。農地の集約、コメへの偏重から作物構成の最適化、民間企業を含む新規参入の促進、輸出振興など、日本の産業構造に合ったソルーションを総合的に提示し、関係者の理解を得て実行していく必要がある。
現在の超高齢化・担い手不足はチャンスでもある。学生の就職ランキングは霞が関よりコンサルティング会社優位の状況にあると聞くが、政策手段とネットワークを持つ役人の奮起を期待したい。
経済官庁 吉右衛門