まずは音を出せ 坂口恭平さんは「死にたい」人に呼びかけ続ける
POPEYE 10月号の「SING IN ME」で、作家の坂口恭平さんが「自殺者ゼロ」を目ざす自らの取り組みを記している。建築家にして物書き、画家で音楽家でもある坂口さん。10年前から自分の携帯番号を公開し、死にたいと思い詰めた人と会話するサービス「いのっちの電話」を続けている。
この夏は、平均でも1日50件を超す電話がかかったという。一本の電話、一回の会話で自殺を防げるものなのだろうか。
「死にたいと思っている人は、電話に出て、誰かと話さえすれば自殺せずに済む可能性が格段上がる...僕はこれまで10年近くで2万人の電話に出てきたが、電話をしたあと自殺してしまい亡くなられた方は1人だけだ」
国の電話相談は混み合い、つながりにくいという。坂口さんは1日100件かかってきても、すべてに出る。出られない時は、着信履歴を見て折り返す。2万人の相手をしてきて、死にたい人がどんな状態にあるのかが見えてきたそうだ。
「死にたい人は実は『退屈している』...『死にたい』わけではないということに着目してほしい。ただ『退屈』なのだ。『暇』なのだ。それで生きてて面白くないのである。つまり、死にたい、のではなく、楽しみたいのである...10年間の結論である」
ではどう楽しむかとなったところで、多くが「何が楽しいだろうか」と考え、動きが止まる。何事も、やる前にしっかり考えるべきだと教わってきたからだ。
「つまり、みんな『何をどうすればいいのか』ということを悩み、考えすぎているだけなのだ。だからこそ、面白くもない。それで死にたくなっているのである」
坂口さんのアドバイスはいたってシンプル。考えるな、ただ動け...である。
生きる糧になる
「それが難しいとみんな言う...めんどくさいからだ...確かに動くことはめんどくさい、しかし楽しいのである。自分が死にたいのではなく、退屈してるのが面白くないだけだと気づくと、めんどくさかろうが楽しいことを選ぶようになる」
例えばギター。「どう弾けばいいのかと悩んでいても音は永遠に出ない。まずは弦を爪弾くことである...まずは音を出せということである」
音楽でも絵でも、スポーツでも同じだろう。
「自分で考える前にまずやってみて、それが自分の想像を超えるほどうまくいった時、人は嬉しくなる。つまり、楽しくなる...これが楽しみを見つけるコツである」
まずは動くこと、何かを始めること。そして「素敵な先人にコツを一つだけ教えてもらうこと」だという。
「体に合ってることを見つけると、途端に人は死にたくなくなる。だって、褒められたり、うまくいったりすることって、金には変えられない喜びや楽しみがある...得意なことを見つける。それが一番楽しいし、生きる糧にいつかきっとなる」
自死は10年連続減少
警察庁によると、日本の自殺者は金融危機があった1998年に急増して3万人台に乗り、2009年まで高原状態が続いた。翌2010年からは10年連続で減少し、昨年は20169人。統計をとり始めた1978年以降で最少で、ピーク(2003年=34427人)に比べると4割も減った。減少数には、活動期間がぴったり重なる坂口さんとの電話で思いとどまった人たちも含まれているはずだ。
今年の自殺者(8月末時点)も前年比5%減で推移しているが、8月(1849人)は首都圏を中心に前年比で246人(約15%)増えた。コロナ禍による生活苦等がどれほど影響したのか、関係省庁が分析を進めている。
「考え込む前に動こうよ」という坂口さんの助言は、面白いことを見つけた人は簡単に死なないという仮説に基づく。それが説得力を持ち得るのは、筆者が「死にたい」2万人と話してきた実績による。死ぬか生きるかの「現場」を知っているのは強い。自分が自殺に待ったをかけた、という自信やプライドもあろう。
偶然だが、看護師で僧侶の玉置妙憂さんも、ハルメク10月号のコラムで同じ趣旨のことを書いている。〈ネガティブ思考にとらわれたときは、何も考えず、ただ動き続ければよい...ぐだぐだと頭の中でこねくり回していないで、目の前のことひとつひとつにすべてを注ぎ込んで動くこと〉と。
「動く」ことで見えてくるものもある。人の身体は不思議なものだ。
冨永 格