楽譜は何を伝えているか(9)
2020年、世界が大きく変わりました。感染力の非常に強い新型コロナウイルスの全世界的な蔓延のせいで、各地で人の移動を制限するロックダウンが行われ、人の集まる機会も少なくなり、みな不要不急の外出を控えるようになりました。
仕事の面でも「テレワーク」という言葉に代表されるような、インターネットなどを利用したリモートワークが積極導入され、仕事に関わらずとにかく毎日オフィスに出勤する、という習慣がなくなった方も多いと思います。それに伴い、日本では紙と印鑑による決裁がテレワークの阻害要因になっているとして、「電子署名」なども真剣に検討される世の中になってきました。
電子楽譜の普及を後押ししている条件
楽譜が発明されて以来、音楽家は「紙」の楽譜を使い続けてきましたが、最近は、テレワークなどでも活躍するタブレット型PCが身近なデバイスになってきたために、「デジタル楽譜」を活用する人も増えてきました。
私も、電子楽譜端末のGvidoなどを利用しているのですが、ピアニストは、ピアノの横幅の大きな譜面台が譜面を見るときには使えるので(ソロの演奏のときは暗譜といって、楽譜を覚えて見ないで弾くのが通例となっていますので、おもにアンサンブルの時です)、譜めくりの回数を少なくするために、紙に印刷してあり、自分で編集した横長の楽譜を使うことも多いので、まだまだ「紙派」です。
しかし、両手でたくさんの音を弾かなければならないピアノと違って、楽譜の量が絶対的に少ない単旋律の管楽器や弦楽器では、練習の時のみならず、舞台のコンサート本番でも、電子楽譜を利用する方が数年前と比べても随分と増えてきました。デバイスの主流はやはりアップルのiPadが多いように見受けられます。
対応するアプリケーションや、譜めくりなどを足でおこなうためのブルートゥースデバイスといった周辺機器、それにPDF化された楽譜が増えてきたこと、・・・そもそもクラシック音楽は楽譜に忠実な演奏が必要な音楽ですが、古い時代のものが多いので、著作権フリーでインターネットに公開されている、いわゆるパブリックドメイン(PD)のものが多いのです・・・などの条件が揃ってきたことが、電子楽譜の普及を後押ししているのだと思われます。
「楽譜」という概念が変わる?
まだまだ業界標準などがあるわけではないので、電子楽譜といっても、デバイスにまず1曲全体を読み込んで、そしてそれを1枚1枚表示させ、めくっていく、という電子書籍とおなじパターンで実用化しているわけです。これは、楽譜の黎明期に、やはり書籍と関連が深かった歴史を思い起こさせます。
今後、紙の楽譜だと大量の重い荷物になるのに、それをわずか1枚のデバイスで代用できるなど、利点を生かしてますます電子楽譜は活躍の場を広げそうです。そうなると、「楽譜」という概念が変わってくるな・・・と思っているのですが、実は、楽譜が発明されたいにしえの時代の欧州でも、楽譜は、大きく音楽の歴史を変えたのです。
現代は楽譜があるのが当たり前なので、あまりそのことに気づきませんが、前回の連載でグィード・ダレッツォが横に線を引いて、楽譜の原型を作った・・というところまで見てきました。グィードの発明した楽譜から、現代のものになるまでは、まだ長い年月と改良の歴史が必要になるのですが、その経過と、「楽譜」というものが音楽の何を変えたか、を次週から見ていきたいと思います。
ある意味、現代の音楽は「楽譜が作っている」ものがほとんどだと言え、それ以前の「楽譜がない時代の音楽」とは、大きく成り立ちが異なっているのです。
本田聖嗣