心の免疫力 松浦弥太郎さんは二つの「指差し確認」で不安と向き合う
ku:nel 9月号の特集「クウネル世代の生活スタイルの整え方」に寄せた短文で、松浦弥太郎さんが日常的な不安にどう向き合うかを説いている。松浦さんは同誌で別に連載を持っているため「スペシャルエッセイ」と銘打っての寄稿だ。
「ライフスタイルを考えることと、日々、不安と迷いに向き合うことは、いつも同軸にあります」...こう書き出した筆者は、人間は不安や迷いを乗り越えるために考え、悩み、学び、助け合い、その延長線の上に幸せを見出す、とつないでいく。そして、誰かに与えられるのではなく、ささやかでも「しあわせ」を自分で見出すために生きていると。
では「しあわせ」とは何か。
「どんなに不安であったり迷いがあっても、その状況や、または他人に対して、自分がどんなふうに接するのか、どんなふうに理解し、どんなふうに反応するのかによって、それを苦しみとするのか、しあわせだと感じるのかは左右される」
よくある処世論だが、松浦さんの場合、穏やかに暮らすための心がけが独特である。
「僕のベーシックは全肯定です。すべてを受け入れ、理解し、認めること...どんな出来事にもさまざまな側面があります。ある側面は苦しみであっても、別の側面から見たら、学びが多く、感謝できることは多々あります」
なにごとも「過ぎない」
松浦さんは、これからの時代はウイルスに対する免疫力以上に、「心の免疫力」を高めることが必要だという。先の「全肯定」も自分なりの免疫づくり、ということだ。
「いかに精神的な痛みで心を苦しめないようにするのか。これから何が起きるかわからない時代に、いらだちながら暮らすことくらい苦しいことはありません」
とはいえ、世には慢性的ないらだちの中で「自分自身に腹を立ててしまう暮らし」を続ける人も少なくない。そうならないためには「過ぎないこと」だと。
「自分や他人、社会に対して、期待し過ぎない、求め過ぎない、望み過ぎないこと。決してあきらめることではありません...ただ過剰にならないこと。過ぎた欲求が果たされないことによるストレスが心をいらだたせ、怒りを生み出すからです」
(1)どんなことにもしあわせを見出そう
(2)足るを知り、決して過ぎないように
「まずはこのふたつを毎日指差し確認する。そして何事も簡潔に。これで僕のライフスタイルは整うのです」
クウネル世代の所作
全ページのほぼ8割を埋めるこの特集について、編集部は冒頭でこう触れている。
〈未知のウイルスの登場で、暮らし方、働き方がガラリと変わりました。いままでとはちがう生活様式が求められることも多々ですが、過度に不安になる必要はありません。基本的なルールは守りつつも、暮らしの根幹は揺るがすことなく、自分なりの心地よさを大切に穏やかに、安らかに暮らしていきたいですね〉
なぜそんな特集をいま組むのかといえば、同誌の主たる読者層が〈年を重ね、経験を積み、「私らしさ」が確立されている...だからこそ、暮らしを気持ちよく整える術を熟知している〉中高年だからである。
つまり「読者の皆さんには釈迦に説法となるが、何かと不安なコロナ後も蓄積を生かし、自信を持って生きましょう!」というエールだと読んだ。
エッセイストの松浦さんは「暮しの手帖」の元編集長。同世代かと思いきや、私より9歳も若い。「自分や他人、社会に期待し過ぎない」などと言われると、つい「そんなに老成しちゃダメ」「社会には期待しましょう」「納税分くらいの権利は主張しようよ」と言いたくなる向きもあろう。私もその一人なのだが、鎧をつけてガシャガシャと世を渡るより、柳に風でいくほうが長持ちするのかもと、ここは「全肯定」でやりすごした。
それがクウネル世代の所作なのだろう。編集部や執筆陣、固定読者...テレビやネットと違い、閉じてはいるが内部では心地よいという、雑誌ワールドがそこにある。
冨永 格