新型コロナ対策「中国から日本へ恩返し」 マスク配った中国人女性はネットの有名人
新型コロナウイルスで、世界は大きな打撃を受けた。日本でも感染した人はもちろんだが、マスクや消毒液といった物資の不足、緊急事態宣言で飲食店をはじめとしたビジネスの休業、外出自粛による長期休校と、誰もが何かしらの形で不自由な生活を強いられた。
日本在住の外国人は、渡航制限や入国制限により容易には母国へ戻れない日々が今も続く。不安な中、人とのつながりや協力を重視し「普段お世話になっている人のために」と活動する中国人に出会った。
武漢を怖がってほしくなかった
2020年2月下旬、東京・JR渋谷駅前でマスクを配る「着ぐるみ」の姿があった。「武漢からの恩返し」と書かれた紙が張られた段ボールを通行人に差し出すと、通りがかった人がその中にあるマスクを手にする。2月26日付の毎日新聞はこの時の様子を、「微博(ウェイボー)に投稿された動画とともに紹介した。配っていたのは中国人の女性だが、記事に名前は見当たらない。
匿名とした理由は、自身が経営者で中国ではインフルエンサーのため、名を明かして事業上「得」をするようなアピールは避けたかった――。こう話したのは、中国・福建省出身の曾穎(そうえい)さん。都内で、訪日外国人向けのプロモーションを手掛ける会社を経営している。
2月、日本国内ではまだ新型コロナの感染拡大は本格化していなかったが、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の船内感染がこの月に起き、マスクが各地で姿を消していた。一方中国では、発生地とされる武漢の状況が深刻化していた。その時期にマスクを都内で配った曾さんは「武漢イコールコロナの発祥地、と怖がってほしくない」との思いがあった。
もう一つの思いは、日本への恩返しだ。
「新型コロナが武漢で広がったころ、日本の皆さんは中国に多くの援助をしてくれました。2月に日本国内でマスクが不足しましたから、『今度は私たちが』と思ったのです」
実際にマスクを配っていたとき、通行人の反応はどうだったのか。「私、被り物をしていたのでよく見えなかったのですが」と笑ったあと、その様子を撮影した動画を後から見て、マスクを手にした人たちの笑顔に喜びを感じたという。「謝謝」と中国語で礼を言う人もいた。
ウェイボーで250万フォロワーを抱える
曾さんの祖父は、米国でIT企業の経営者だ。各国から人材が集まる米国で、祖父は特に日本人を高く評価していたという。「ビジネスの面で信頼できるのは日本人」だとしばしば聞き、成長するにつれて曾さん自身も日本への興味が増していった。
2010年に来日し、日本語学校で学んだのちに早稲田大学に進学、大学院ファイナンス研究科で学んだ。居酒屋でのアルバイト経験や留学生活を基にウェイボーで漫画を描き、人気に。知名度がアップすると、ネット上で商品プロモーションや日本の観光案内動画を中国向けに配信し、中国人インフルエンサーとして活動の場を広げていった。2016年には、都内で現在の会社を起業。自らはウェイボーで約250万フォロワーを抱えるKOL(Key Opinion Leader)として情報発信を続ける傍ら、新たなインフルエンサーの育成とマネジメントに力を入れている。
「留学中には、日本の人にお世話になりました」
当時を振り返る曾さん。2011年の東日本大震災では、被災地の状況を中国の大勢のフォロワーに伝えようと、ウェイボーでその様子を動画で流し、「こういう状況だからこそ、お互いに団結しよう」という気持ちを訴えた。「ライブ配信で復興の様子を映した時は、フォロワーからは、『日本の皆さんの、復興へ向かう力に感銘を受けました』といった多くの声が寄せられました」。日本の在住期間が10年となり、曾さん自身、自分の中に「日本人的な視点」が加わってきたと感じるという。
日中の相互理解はまだ足りない
日本の情報を発信し続ける日々だが、日中間の相互理解は「まだまだ足りない」とも。新型コロナウイルスは、武漢から感染が広がったことから、中国政府に対する対応の批判もある。ただ双方が表面的な部分しか見ずに意見をぶつけ合わねば、理解は深まらない。曾さんが多くの動画を流すのは、日中それぞれの見方を変えたいという強い思いからだ。
曾さんが渋谷駅までマスクを配布したことにすら、ネット上で心ない中傷を受けた。
「でも私は怖くはありません。マスクを配った時、受取ってくれた人の笑顔や優しさ。私がずっと覚えているのは、こういうことだからです」
「コロナ前」のような交流を取り戻すのは、まだまだ難しい。そのなかで曾さんは、日本と中国の理解を一歩でも進めようと、ネットを通して人々に語り掛ける。
(J-CASTトレンド 荻 仁)
日本に住む中国出身者の数は、2018年末時点で76万4720人。台湾出身者を合わせると83万人に迫る(法務省調べ)。日本社会に根付き、活躍する中国人は少なくない。J-CASTトレンドでは今後こうした人の取材を軸に、「私たちのすぐ近くの中国」を見ていく。