TUBE「日本の夏からこんにちは」
集まれなかった2020年の記録
タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
「Route567」というタイトルだけ見た時は、そういう「道路」があるのかと思った。
アメリカにはテレビドラマや映画に何度となく登場し有名なヒット曲にもなったフリーウエイ「Route66」がある。日本で夏を感じさせる「道路」と言えば、沖縄本島を北上する「国道58号線」もある。でも、「国道567号線」は見当たらない。「県道567号線」というのが見つかったくらいだ。どう考えても歌の舞台という印象はなかった。
それがどういう歌なのか。何回か聴いているうちに違う意味が見えてきた。
「Route567」の意味がみえてきた
こんな歌詞がある。
「馴染のカフェやライブハウスも
今はドア閉ざしてる」
「こんなにも急に景色が変わると
思いもしなかった」
「Route567」。数字は語呂合わせのようなものなのではないか。ゴロナ。「Routeコロナ」。「コロナの道」、そして「コロナの夏」というダブルミーニングなのだと思った。
何の話をしているかというと、2020年7月8日に発売になったTUBEの37枚目のアルバム「日本の夏からこんにちは」の最後の曲「Route567」についてである。
全曲の詞を書いているヴォーカルの前田亘輝は、筆者が担当しているFM NACK5「J-POP TALKIN'」のインタビューでこう言った。
「今回、15分で書いた一曲目以外は、全部の曲に三パターンくらいの詞があるんです。『Route567』も最初は『ファミリーアルバム』という詞でした。僕らが海辺で歌っていた頃のカップルに子供が出来て、いつのまにか、その頃に撮った写真の中の自分たちに似てきた、という家族の歌。でも、4月下旬でしたからね。今の状況に触れなくていいのか、書き手として残す機会なのではないかと思って書き直しました」
TUBEは1985年6月、シングル「ベストセラー・サマー」でデビュー。今年はデビュー35周年。アルバム「日本の夏からこんにちは」は5年ぶりのオリジナルアルバム。「15分で書いた」という一曲目がタイトル曲「日本の夏からこんにちは」である。
何が始まるんだろうと思わせるジャジーなイントロの後に流れるのは、誰もが笑顔で手拍子を合わせたくなる盆踊りの「音頭」だ。しかも、いきなり「月が出た出た 腹も出た」と歌われている。
「最初にこれをやりたい。みんなの顔を見て、その場で詞を書きたい。ずっと籠ってましたからね。楽しく始めたいと思ってたんですけど、歌ったら全員泣いてる。僕も泣いちゃいました」
悲しいから泣く、楽しいから笑う。でも、そんな風に単純には区別できない涙もある。嬉しいんだけど涙が出る。やっと集まれた、やっと歌えた。そんな歓びの涙。「涙拭いたら笑ってみよう」という歌詞もあった。
「ビーチエリート」でないからこそ
TUBEは、神奈川県厚木市出身の前田亘輝(V)、東京都町田市出身の春畑道哉(G)、神奈川県座間市出身の角野秀行(B)、松本玲二(D)という4人組、同じコンテストに別々のバンドで出場、ベストヴォーカル賞を受賞した前田亘輝とベストギタリスト賞を受賞した春畑道哉を中心に結成された。当時やっていた音楽はブルースにヘビメタとそれぞれに違っていた。当時から夏のバンドだったわけではない。デビュー曲の「ベストセラー・サマー」は作詞・三浦徳子、作曲・スズキキサブロー。前田亘輝は、「たまたまあった曲で、TUBEのために作ったわけじゃないと思う」と言った。
自分たちの曲がシングルになるのは89年の9枚目「SUMMER CITY」からだ。以来、作詞・前田亘輝、作曲・春畑道哉というコンビは不動のものになった。
その中で「日本の夏」という路線が定着したのは、90年に出た11枚目「あー夏休み」からだろう。ラテン調の曲に「浴衣に花火」「蚊帳の鈴虫」という歌詞はJ-POPそのものだった。新作アルバム「日本の夏からこんにちは」は、7作目の日本語タイトルのアルバム。そのうち5枚は「あー夏休み」の翌年、91年の「湘南」から連続している。「夏だ、TUBEだ」というイメージが決定づけられたのがその時期だった。
「でも、ベスト・ヒットUSAで育った世代ですからね。ベースの角野はフュージョンをやってましたし、すごく嫌がってた。もし、これでダメだったら辞める、と言ってましたからね。まわりは「夏だ、すいかにTUBEだよね」って言ってくれるけど、自分たちでは「違うんだよな」って勝手に傷ついてました。そういうイメージから離脱したい。それが10年くらいは続いてましたね。今はライフワークという気がしてますけど」
TUBEがなぜこれだけ長い間「夏」を歌って来れているのか。そして、支持されているのか。その答えの一つに、彼らが「ビーチエリート」ではないことがあるのだと思う。
生まれた時から海辺で暮らしている、海とともに暮らしているという環境ではなかった。だからこそ感じる渇望感や期待感。海沿いで暮らす人たちにとっては、時には「招かれざる若者達」だからこその季節感である。
「確かに、ちゃんと調べたわけじゃないんですけど、海のない地域にコアファンが多いんです。本人は忘れてるでしょうが、加山さんに「お前らは夏に出てくる蚊だ」って言われましたことがありますから(笑)。もちろん誉め言葉なんですけど」
「ずっとステージにいられるわけじゃないんだ」
同じ夏でも年齢によって感じ方が変わってくる。「あー夏休み」の中で歌っていたように、「水着の切れ込み」に目移りする時期にはとっくに過ぎてしまっている。あの夏はもう帰らない。あの日には戻れない、と思うようになったからこそ感じる夏の太陽への愛おしさ。アルバム「日本の夏からこんにちは」には50代の半ばに差し掛かっているからこその「夏」が、様々な切り口で歌われている。
「若い頃も今しかないんだ、と思ってましたけど、老いたらもっと強くそう思うんですね。ずっとステージにいられるわけじゃないんだなとか。今年は特にそう思わされますね」
アルバムには7月に行われるはずだった5年ぶりの甲子園球場でのイベントと9月に予定されている恒例の横浜スタジアムが歌いこまれている「知らんけどfeat.寿君」と「湘南バットボーイ」もある。2020年の夏をどう迎えるか。ジャケットには浴衣姿の4人を中心に35年間のそれぞれの写真がコラージュされている。でも、4人が並んだアーティスト写真もジャケットも一か所に集合して撮ったものではない。4人が自撮りした写真を合成した「リモート写真」である。「集まれなかった2020年」の記録と言っていいだろう。そういう時期を経ての歌入れで全員が泣いたのが一曲目の「日本の夏からこんにちは」だった。
ポップミュージックは時代を映す鏡のような音楽である。去年の12月に始まったレコーディングで演奏は先に収録されていたから完成した。歌入れが行われたのが4月からだ。最後の曲「Route567」は、そんな時期だからこそ生まれた歌だったことになる。
「2020年は、そういう楽曲が出てくるでしょうね。僕も、皆さんがこの状況をどう捉えただろうと思いますし。僕たちは2020年の4月にこういう状態でいました、というアルバムですね。「Route567」も、サブタイトルに2020年4月13日とつけたいくらいです」
「Route567」には、こんな歌詞もある。
「あきらめずにこの道を
未来へと進むしかないんだ」
「長いこと忘れてた
熱いもの この頬を伝う」
「君の中の空に
あの夏の光が戻るまで」
あの夏へはもう戻れない。
でも、新しい夏はやってくる。
中止になってしまった甲子園球場ライブは来年の開催が模索中だ。もし、9月5日の連続31回目、通算33回目となる横浜スタジアムが無事に行われる時、どんな笑顔と涙が待っているのだろうか。
(タケ)