季節を満喫できない今、聞きたい 故郷の春を懐かしんだグリーグ「春に寄す」

   新型コロナウィルスによる感染症拡大を少しでも食い止めるため、日本の大都市圏にも緊急事態宣言が出され、世界を見渡せば、依然として全世界の人口の半分近い人達が「外出制限」となっています。

   日本はちょうど桜の季節。本来なら、花を愛で、春を感じる良い季節ですが、「必要最小限の外出」しかしてはいけない時期ですので、少し残念ですね。しかし、春は来年もやってくるので、「かけがえのない誰かの命」・・ひょっとしてそれは自分かもしれませんが、それを守るためには、いまは厳冬の時期のように、家にじっとこもっている必要があるのかもしれません。

   今日は、頭の想像の中だけでも、春を感じることのできる1曲に登場してもらいましょう。ノルウェーを代表する作曲家、エドヴァルド・グリーグのピアノ曲、「春に寄す」です。

グリーグの肖像画(ウィキメディア・コモンズより)
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「北欧のショパン」と呼ばれることも

   欧州諸国は日本に比べると、はるかに高緯度地帯の国々です。同じ北半球でも、なかなか太陽の光が強くならず、冬は厳しいので、クラシック音楽には、「春を待ち焦がれる」というようなテーマの曲が大変多くなっていますが、その中でもグリーグのこのピアノ曲は、ひときわ有名です。

   まだ独立国になる前・・・北欧の強国であるスウェーデンにノルウェーが連合王国として事実上支配されていた1843年に、グリーグは第2の都市ベルゲンに生まれています。ノルウェーは、スウェーデンの支配に不満を持っていたため、文化の面では、ノルウェー賛美の作品が多く生み出されていました。彼は、そのような雰囲気の中、クラシック音楽の中心地の一つであったドイツの名門ライプツィヒの音楽院に留学し、その後、同じ北欧のデンマークのコペンハーゲンでも作曲の修行をします。30代なかばで祖国に戻ると、ノルウェーの民謡なども作品に取り入れ、「国民楽派」と呼ばれた欧州周辺国の文化・音楽を積極的に作品に取り込んでゆく作曲家となります。

   グリーグは、ピアノの演奏も得意でした。「北欧のショパン」と呼ばれることもあります。作曲家としての作品は、ショパンのようにピアノ作品だけに極端に偏っているわけではありませんが、有名なピアノ協奏曲を筆頭に、数々の印象的なピアノ作品を残しました。

ノルウェーに今すぐ帰りたいけれど...

   その中でも、「抒情小曲集」は20代から体が悪くなる晩年まで書き続けられた、ライフワークともいうべき作品で、全10集からなる、小さな曲をたくさん集めた曲集です。大きなリサイタルよりはサロンコンサート向きの作品・・という規模の曲がほとんどで、事実、サロンでよく演奏されたそうです。

   抒情小曲集 第3集の最終第6曲が、「春に寄す」です。北欧の「静かにやってくる春」が、ピアノの高音部の音で表現され、春への期待が高まりつつも、一歩一歩やってくる爽やかな風景を噛みしめるような情景描写がとても美しく、単独でもよく演奏されます。

   実は、この「春に寄す」は祖国を離れて、欧州への演奏旅行の途中で書かれた作品です。彼がちょうどデンマークにいる時に、どうしてもノルウェーの春が懐かしくなってしまい、その情景を頭に思い浮かべながら書いた、と言い残しています。今すぐ帰りたいけれど、帰って春の風景を見ることは、実際はかなわない・・・そんな、やるせない想いが込められているのです。聞く人々にその心が通じるからでしょうか、すべてのグリーグのピアノ作品の中でも、ひときわ人気が高く、人々に愛聴される曲となっています。

   現在、世界の多くの人々が、屋外に出て、春を思いっきり満喫することができなくなっています。今こそ、グリーグの「遠い祖国の春への思い」を共有して味わってみませんか?

本田聖嗣

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