「ひな旅」に出よう 岩本薫さんが語る秘湯の効能と鑑賞ポイント
「山と渓谷」2月号の特集「ココロに効く! カラダにも効く!! ひなびた山の温泉へ」に、温泉ライターの岩本薫さんがコラムをいくつか寄せている。
ことし創刊90年を迎える山岳雑誌の老舗にして本流。21ページに及ぶ特集で、岩本さんは同誌編集部員と組んで静岡市の竜爪山(りゅうそうざん)~平山温泉をルポした(取材は昨年12月)ほか、全国14湯を紹介し、「ひなびた温泉」についてのQ&Aにも答えるという活躍だ。おそらく、企画段階からの参加と監修だろう。
「ボクのようにひなびた温泉ばかりを求めて東へ西へと日本を旅していると、おのずと観光地から足が遠のいていく。ていうか、ほとんど背を向けていると言ってもいい」
「ひな旅」のススメと題した一文で、岩本さんは観光地に背を向けた温泉めぐりを自らそう名づけ、特徴を以下の通りにまとめている。
◎時間が許せば5キロ10キロは徒歩で、どこにでもある里山を移動する。
◎言葉を交わすとすれば宿の女将か地元の入浴者くらい。
◎飲食店はほとんどなく、ネット上で「年中無休」とされる食堂もアテにならず。
◎だからリュックには、おにぎり2~3個を放り込んでおく。
そんな旅のどこがいいのか。筆者自身「それほど楽しいわけではない。むしろ退屈なときだってある」と正直だ。しかし、心を「ものすごぉ~く洗濯される」のだという。
体内の濁り水を捨てる
「ひな旅」のよさは、日常生活に戻った時によくわかるそうだ。慌ただしい時間からいっとき脱出する旅。時間が止まったような温泉に、好きなだけ浸かる解放感。
「体の中の濁った生ぬるい水をすべて捨てて、代わりに澄んだ清らかな冷たい水に入れ替えたかのような、心が洗われた感じがする。ここらへんの感覚、登山をされるみなさんであればわかるのではないだろうか」
岩本さんによると、日本は「森と湖の国」フィンランドに匹敵する森林比率を誇り、「島国というよりは海に囲まれた山国」といえる。山は雨水を磨き上げ、清らかな川にして流す。
「こんな国はなかなかないよ。『ひな旅』はそんな日本を自分の二本の足で歩いて心を洗濯する旅。観光客でごった返した温泉ではなく、地元の人と触れあえるひなびた温泉を巡る旅。なんてったって温泉大国ニッポンだ...楽しめる場所はいっぱいある」
筆者は4ページあとの別コラムで、変色した湯船や床のタイル、温泉成分の析出物がびっしりついた湯口や蛇口などを「湯が刻む芸術」と称える。源泉の濃さの証明だと。
「そういうディテールこそが、ひなびた温泉の鑑賞ポイントなのである」
しみこんだ時間
温泉ライターの岩本さんは秘湯を得意とし、ウェブマガジン「ひなびた温泉研究所=ひな研」を、所長として運営している。
「ヤマケイ」の読者にとって、温泉は登山の疲れを癒すオアシスにあたるのかもしれない。だから山と温泉は相性がいいように思えるが、そこはベテランの岩本さん、代表的な山岳雑誌に参加するにあたり「ここらへんの感覚、登山をされるみなさんであればわかるのでは...」と、奥ゆかしく「仁義」を切っている。フリーの駆け出しライターとして勉強になった。
岩本さんの「ひなび主義」は、特集Q&Aにあるこんなくだりが簡潔に語っている。
「ひなびた温泉の魅力は、時間がしみこんでいるかのような味わいにある。建物のたたずまいや、浴室の柱や、壁や、床、湯船、桶、湯そのものにも、長い時間がしみこんでいるような。そういう〈しみこんでいる感〉は...人工的につくれるものでもない」
そんな「しみこんだ時間」のぬくもりに囲まれ、入浴者の体は「本来の息吹」のようなものを取り戻していくと。俗化せず、地元民に支えられて歳月を超えてきた秘湯たち。たまった濁り水を捨てに、寒さが残るうちに「ひなびて」みるか。
冨永 格