江戸時代の長唄と西洋のオーケストラの融合 山田耕筰「長唄交響曲『鶴亀』」

   サンタクロースや鳥の丸焼きや、イルミネーションやクリスマスツリーといった欧米的なアイコンが溢れる12月のクリスマスシーズンから、25日を過ぎると急に門松やおせちやお正月飾りが目につくようになり、突如として和風になる「日本の年末年始」。今日は、そんなお正月シーズンにふさわしい異色のクラシック曲を取り上げています。

   「赤とんぼ」などの童謡の作曲家としても名高い、山田耕筰の作品で、「長唄交響曲『鶴亀』」です。

日本の音楽発展に大きな功績のあった山田耕筰の肖像
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長唄部分はほぼオリジナル

   山田耕筰は、日本の音楽の黎明期に大きな足跡を残した音楽家です。明治19(1886)年東京に生まれた彼は、幼い頃両親を亡くし、引き取られた姉の夫である英国人音楽家、エドワード・ガントレットから教えを受け、東京芸術大学の前身である東京音楽学校の声楽科に進みます。卒業後、三菱財閥の岩崎小弥太の援助を受けてドイツのベルリンに留学し、ブルッフなどに師事、日本人として最初の本格的交響曲「かちどきと平和」を作曲します。

   大正3(1914)年、28歳になって帰国すると、その後は指揮者や作曲家として、日本に本格的な西洋音楽を導入すべく奔走します。まだまだ日本と欧米には物理的にも感覚的にも大きな隔たりがあった時代のことですから、なかなかうまくいかないことも多かったのですが、山田耕筰によって日本の交響曲演奏の伝統の基礎が築かれ、戦後の「アジアの音楽一流国」の発展の礎となったほか、指揮活動が困難な時期に残した日本語を生かした名曲の数々は、日本の音楽の豊かな発展に大きく寄与したのです。

   西洋音楽を学んだ日本人の第1世代として、山田耕筰は、それ以前の日本の伝統音楽との融合を最初に考えた世代でもありました。すでに、大正10(1921)年に作曲した交響曲「明治頌歌」の時に、オーケストラに雅楽楽器の篳篥(ひちりき)を持ち込んだ山田でしたが、その後、昭和9(1934)年に作曲したのが、長唄を取り入れた「長唄交響曲『鶴亀』」です。

   「長唄交響曲『鶴亀』」は単に西洋のオーケストラに邦楽楽器を持ち込んだだけではありません。なんと大胆にも、最初の和音が管弦楽によって演奏された後、いきなり、オリジナルの長唄「鶴亀」がスタートするのです。もちろん、長唄部分はほぼオリジナルのままです。オーケストラは、長唄にハーモニーを与える黒子役に終始徹していて、長唄の「鶴亀」に根気よく付き合う・・・といった形になっています。長唄が終わると、管弦楽はまた短いハーモニーを少しだけ奏でた後、曲は終わります。いわば、「邦楽の長唄『鶴亀』に西洋の管弦楽で和音の伴奏を付けたもの」、という構成になっているのです。単一楽章しか持たず、演奏時間も全体で18分弱の、交響曲としてはやや異例の形式になっています。

「鶴亀」は謡曲の演目として成立したもの

   そもそも「長唄」とは、義太夫や常磐津とともに、江戸期に完成した歌舞伎の伴奏に使われる三味線を用いた音楽です。もともとの発祥は上方(関西)ですが、享保年間ごろから江戸でも根付き、歌舞伎と切っても切れない音楽として発達してきました。お芝居である歌舞伎とともに演奏されるのが前提ですが、音楽だけでも色々な表現を持っています。

   「鶴亀」という演目は実は長唄のオリジナルではなく、その前に、謡曲の演目として成立したものでした。謡曲とは、室町時代に成立した「能」の筋書きに節をつけて歌うもの、つまりこれも「能の伴奏・演出音楽」の一種であり、音楽だけでも演奏可能です。

   そして、謡曲の演目の中でも「鶴亀」はタイトルから推測できるとおり、誠におめでたい内容なのです。舞台は中国が「唐」の時代、治世の後半は楊貴妃にうつつを抜かして国を混乱させた玄宗皇帝の物語。彼は治世の前半は善政を行い、人々の支持も高く、その皇帝を称えるために、鶴や亀も舞を舞った・・・というお正月にぴったりな、題材となっています。しかも謡曲としては長さも長くなく、コンパクトな演目。

   この謡曲「鶴亀」をもとに、江戸時代の寛政生まれの長唄宗家、十代目杵屋六左衛門が作曲をしたのが「長唄『鶴亀』」で、そこには能の音楽である謡の要素をたくさん取り入れています。歌舞伎の音楽には、こうやって先行する音楽にリスペクトを捧げながら、その要素を取り入れていったものがたくさんあります。

   ということで、明治・大正期の近代日本の音楽の時代に作られた「長唄交響曲」は、山田耕筰が江戸期の「長唄」の音楽を西洋のオーケストラと合体させた作品です。その長唄は、室町時代の「謡曲」を元にした演目であり、その舞台設定は遠く唐の時代の中国・・と、まことに歴史の積み重ねを感じさせる曲なのです。

   長唄の奏者と、オーケストラを揃えねば演奏不可能なため、演奏機会も多くなく、録音も少ない作品ですが、日本の歴史と伝統をひしひしと感じることができ、かつ「西洋と日本のハイブリッド」なサウンドの、お正月シーズンに聴きたい、大変おめでたい曲です。

本田聖嗣

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