いきものがかり、『WE DO』
「放牧」後の始まり

   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   もし、彼らがデビューして30周年とか40周年というキャリアだったら「5年ぶり」というブランクも気にならなかったかもしれない。そういう人たちには「7年ぶり」「10年ぶり」という新作も珍しくないからだ。

   何を書こうとしているかというと、2019年12月25日に発売のいきものがかり8枚目のアルバム「WE DO」についてである。

   前作「FUN!FUN!FANFARE!」が出たのが2014年12月24日。ちょうど5年前だ。同じ日ではなくて一日後というのが「一歩進んだ」という意味もあるのかもしれない。

   その5年間には、彼らにとって初めての「放牧」という名の活動休止期間があった。2017年1月、"放牧宣言"を発表、グループとしての活動を休止した。

   新作アルバム「WE DO」は、"放牧"明けの"集牧"後の一作目である。

「WE DO」(ERJ、初回生産限定盤、アマゾンサイトより)
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不快感や敵意を感じさせない

   いきものがかりは水野良樹(G)、吉岡聖恵(V)、山下穂尊(G・Ham)の3人組。小・中・高校と同じ学校に通っていた水野と山下が1999年に結成した。ユニット名は、二人の共通点が小学校一年生の時に、金魚に餌をあげる「生き物係」をしていたことによるという経緯は、もう知らない人の方が少ないかもしれない。地元である神奈川県厚木・海老名や小田急線沿線でカバー曲を中心に活動をするようになった。同級生の妹だった吉岡が二人の路上ライブに飛び入り歌ったのが1999年11月3日。その日が結成記念日とされている。2018年に活動再開の"集牧"宣言をしたのが11月2日。3日が再開日だった。まさに結成20年目の"再スタート"だったことになる。

   ただ、いきなりアルバムで活動を再開したというわけではない。休止中も待っていたファンクラブに対して初めてメンバー3人が作詞作曲した新曲「太陽」のCDを無料プレゼント、更に2018年の大晦日は初始動として「紅白歌合戦」にも出場。2019年の1月1日には新曲「WE DO」を配信でリリース。3月からはファンクラブツアーも行っている。新作アルバム「WE DO」の一曲目でありタイトルにもなっている「再開の曲」だ。

   アルバムについているメンバーの全曲紹介でリーダーの水野良樹は、その"放牧"中の自分たちの時間についてこう話している。

   「放牧中の僕らというのは高校時代に戻ったような感じで。少し距離感が縮まって、張詰めた緊張感も解けて、本当に駄弁るような感じになったその時に、はたと気づくことがあるんですよね」

   ただ、結成からデビューまではそれなりに時間がかかっている。シングル「SAKURA」でメジャーデビューしたのは2006年。その時のキャッチフレーズは"泣き笑いせつなポップ3人組"だった。怒ったり叫んだりという突出した激しい感情の起伏ではなく、日常生活の中に誰もが思い当たる微妙な揺れ。暖かいんだけど泣ける、悲しいんだけど安心する。聞き手に不快感や敵意を感じさせない。刺激的なロックやマニアックな洋楽志向とは一線を画したバランスの良さが魅力的だった。

   彼らが初めて全都道府県ツアーとアリーナツアーを行ったのは2010年。そのツアーを何か所か同行取材して客席の年齢層の広さに驚かされたことがあった。未就学児童から親子連れ、同世代の若者や会社員。三世代に渡って誰もが自分の聞き方で楽しんでいる光景はデビュー4年というキャリアとは思えなかった。

もうそこには戻れない

   彼らを見ていて「路上出身」を強く感じさせたのが、聞き手に対しての気配り、だった。

   2010年に出たベストアルバム「メンバーズセレクション」は150万枚を超える大ヒットになった。「紅白歌合戦」にも連続出場していた。

   すでに全国区人気になっていたにも関わらず、彼らは客席に向かって自分たちの出会いと結成時、ネーミングのエピソードを必ず紹介していた。水野良樹は、その理由をこう話してくれた。

   「路上で歌っていると、目の前に集まってくれている人よりもその後ろを僕らには目もくれずに通り過ぎてゆく人たちがどのくらい多いかが分かるんです。その人たちに聞いてもらいたい。いつも初めて足を止めてくれた人を意識してます」

   不特定多数の人たちにどう届けるか。それこそポップミュージックの大命題と言っていいだろう。メジャーデビューから10周年の2016年、地元海老名・厚木の野外4公演で10万人を動員、9年連続の「紅白歌合戦」の後に「放牧」に出たのも、そんな「不特定多数」感覚を取り戻そうとしたのかもしれない。

   新作アルバム「WE DO」は、それぞれが「放牧」期間中に過ごしたことや、ここからどこに向かって行こうとするのか、という再スタートの心情が溢れている。

   すでにファンクラブツアーの一曲目だった「WE DO」は、客席との合唱が聞こえてくるような躍動感に満ちている。水野良樹が「やっといきものがかりが戻ってきた」という「SING!」、60年代アメリカンポップスのような「STAR LIGHT JOURNEY」にファンク調の「しゃりらりあ」。吉岡聖恵が「こころよ自由になれ!」と叫んでいる「アイデンティティ」。彼女がソングライターとして成長著しい「あなたは」や「口笛にかわるまで」。山下穂尊の書いた「スピカ~あなたがいるということ」「try again」には、彼の憂いを含んだハモニカが効果的な「静かな決意」が伝わってくる。

   アルバムを通した「らしさと新しさ」という意味で特筆したいのが、水野良樹が書いた「さよなら青春」と山下穂尊の書いた「季節」だろう。前者は「物語はまだ続いて いつまでも続いて さよなら青春」。後者は「諦めないと大人にはなれないと気づいて」と歌っている。

   水野良樹は「全曲解説」で「さよなら青春」が山下穂尊の「季節」を受けて書いた曲、とこう話している。

   「結成から20年が過ぎて、放牧があって、10代で始めたメンバーはそれぞれ30代になって『これからも続けていこう』みたいなことをこの2年間語り合っていたわけですけど(笑)。やっぱり流れてゆく時間に対していろんなことを思ったんですね。今までを振り返って懐かしむこともあれば、"これから、どうやっていこうかな"と前を向いて思うこともあった。そこから歌のテーマがたくさん出てきて、山下は『季節』でちょっと振り返ってみたから、だったら僕は前を向いてやってみよう、みたいな、だから『さよなら青春』なんですよ」

   "放牧"中に3人が確認し合ったこと。それはいきものがかりで過ごしてきた時間が自分たちの「青春」そのものであり、もうそこには戻れない、ということでもあったのだと思う。

   小学校からの顔見知りだった高校一年の二人が路上で歌い始め、そこに同級生の妹が加わった。そんな始まりは2000年代の全国の音楽好きな若者たちの日常風景でもあったはずだ。そこから20年。「青春」にさよならして新たに始まった3人の再スタート。2020年は5年ぶりのホール&アリーナツアーが待っている。

(タケ)

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