肉肉しい肉 金田一秀穂さんは食レポの新表現を否定せず、面白がる

   サライ12月号の「巷のにほん語」で、言語学者の金田一秀穂さんが「肉肉しい」という形容詞について論じている。テレビの食レポートで耳にしたという「新語」である。

「夕方のテレビ番組は、ニュースとは名ばかり、本当のニュースをあまりやらず、いわゆるグルメ情報が多い。今日もかわいらしいお嬢さんが出てきて、『とってもにくにくしい』と言いだした。べつに腹を立てている様子はない」

   「にくにくしい」といえば常識的には「憎々しい」であって、「大層にくらしい」(広辞苑)という意味しかない。ところが、テレビ画面の女性は分厚いソテーを嬉しそうに頬張っており、金田一さんは「そうか、肉肉しいと言いたいのか」と気づく。そこから、言葉の乱れに対する先生の怒りが連爆するかと身構えたのだが、なにやら前向きな展開である。

「味覚について正確に言葉に換えるのは不可能である。取材の現場ではいろいろな工夫がされていて、テレビのグルメリポーターたちは語彙力を振り絞って美味しいものを美味しいように表現しようとしている」

   筆者は「まいうー」「味のテーマパーク」「ジューシーを通り越してジューゴ、ジューロクやあ」といった食レポの「芸」に触れたうえ、「だんだん飽きてくる。食べたときの楽しさ、嬉しさは、美味しさだけではないだろうと薄々感じつつあった」と打ち明ける。

   ところが、本題の「肉肉しい」については「初めて聞く言葉なのに、意味がわかってしまうところが面白い」と、意外にも高評価なのだ。なぜだろう。

肉肉しいスペアリブのグリル(冨永作)。調味液で寝かせた豚肉がオーブンで目覚める
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「ももももしい」は?

「とても肉らしい味がする。最初のときの肉の味だけでなく、肉を噛んだときに口の中に広がる肉の風味。喉ごし。肉のエキス。肉好きには逆にたまらない肉の臭みさえ、言えてしまっているようなところが画期的である。説得力がある」

   このように、金田一さんの受け止めは肉また肉の肉づくし。いかにも肉らしい特色を凝縮した形容詞こそが「肉肉しい」というわけだ。

   続いて言語学者が耳に止めたのは「芋芋しい」である。

   サツマイモだろう。「芋の味は、ただ甘いだけではない。こってりとした重みというか、口内の水気を吸い取られてしまうような、息詰まるような感覚と言うか、口当たりや歯ごたえの素材感が芋の魅力として欠かせない。いかにも芋である」

   というわけで「芋芋しい」もめでたく「あり」の判定である。

「モノの名前を二つつなげると、新しい味覚表現が可能になる。一部では、『ツナツナしている』というのがあって、ツナ缶を噛みしめたときの歯触りを言う。ただし、桃の独特な口内感覚を言おうとして、『ももももしい』となると、これはちょっと言いにくい」

   どこまでが専門家としての論考かは定かでない。ただ、声に発しやすいというのも造語や新語の必須条件である。そして金田一先生、この作品を以下の通り、おおらかに結ぶ。

「次にどんな言葉が出てくるか、楽しみにしている」

痛々しいのをひとつ

   食レポ全盛の昨今、すっかり手あかのついた表現も確かに多い。タレントから総理大臣まで、乱用著しい「ジューシー」が典型だ。「口の中でとろけます」とか「見かけは濃厚なのに意外にあっさり。これはクセになる」と聞いても、もはや食べたいとは思わない。

   その点、肉肉しいが目新しいことは間違いない。思うに「〇〇しい」が使えるのは、リズム的に二音の食材だけだ。「さかなさかなしい」「やさいやさいしい」は苦しい。「ぎょぎょ(魚魚)しい」とすれば微妙だが。

   いくら音のリズムが良くても、初めて聞いた「肉肉しい」には抵抗を覚える向きが多いかもしれない。私も、若いタレントらしい未熟表現の一つと上から目線で受け止めていた。しかし、金田一さんは「画期的で説得力がある」と肯定的、絶賛なのである。

   「次が楽しみ」という結語は、言葉を糧とする人の正直な期待といえる。同じく日本語を生業とする者として、私もひとつ「イタイタしい」というのを考えてみた。いかにもイタリアンという意味で、料理と店の両方に使えそうだ。

   たとえば、オリーブ油とニンニクを大量に使い、素材の持ち味を生かした仕事。店はくだけた雰囲気で、元気いっぱいの料理人と店員たち、もちろん定番の大衆メニューがそろう。テーブルクロスが赤白(または緑白)のチェックで、布ではなくビニール製であれば最高だ。

   あと、これはイタリアンに限ったことではないが、もともと良心的な勘定をたまに安いほうに間違えてくれたら、言うことはない。

冨永 格

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