教科書的な列記では見落とされる欧州史の大局観

■『THE SHORTIST HISTRY OF EUROPE(超約ヨーロッパの歴史)』(著 ジョン・ハースト、東京書籍)


   英国がEU(欧州連合)離脱を巡って揺れ続けている。欧州は、我々の想像を超えたダイナミズムで国家の枠組を超えてEU統合を実現し、規模の拡大により経済発展を果たしてきた。そして、PIGS(ポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペイン)に象徴される欧州債務危機と、未だに出口が見えないブレクジット。同時代において実に興味深い歴史を刻んでいる。

   別に世界史を極めようと思ったことはなくとも、「地中海世界」(フェルナン・ブローデル)や「ローマ人の物語」(塩野七海)など、制覇しようと何度か思ったが、仕事の忙しさなどを言い訳に挫折してきた。そんな中、思わず手に取ったのが本書である。

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わずか60ページ程度で概観

   題名のとおり、古代の欧州誕生から現在までの欧州史を、わずか60ページ程度で概観している。それもイベントと年代の列挙ではなく、3つの要素に集約して、特異な欧州の形成と現在への道のりを語っている。ここに出てくる年代は、313年のコンスタンティヌスのキリスト教改宗と476年の西ローマ帝国の滅亡くらいである。

   その3つの要素とは、(1)古代ギリシャ・ローマの文化、(2)ユダヤ教の一風変わった分家であるキリスト教、(3)ローマ帝国に侵入したゲルマン戦士の文化であり、これらの混合物として欧州文明を説明している。すなわち、古典世界において古代ギリシャ・ローマ文化とキリスト教が生まれ、ローマの地において、ローマ帝国がキリスト教化され、キリスト教会により論理的で数学的なギリシャの学問が保護される。そして、これをローマ帝国に侵入した原始的なゲルマン部族が支持したという奇妙な関係性により、欧州中世社会が形成され、1000年近く続いたとする。

   この安定した中世社会が崩れるきっかけを作ったのが、16世紀の宗教改革であり、17世紀の科学革命であるとする。まず、「キリスト教はローマ教会だけのものではない」というルターによる教会批判により、キリスト教の権威体系が崩れる。そして、ニュートンによる地動説やダーウィンによる進化論の確立によって、キリスト教自体やギリシャ学問にも誤りがあり、人類はより発展することが確信される。これが、近代欧州を作り、世界を支配していくことになる。

中世までは原始的な要素を多分にかかえていた

   これらの基本コンセプトで、侵入と征服の歴史、民主主義や封建制の形成、皇帝と教皇の関係等を整理し、欧州史の流れを説明している。もちろん、かなり荒っぽい分析ではあるが、教科書的な列記では見落とされる大局観を提供してくれる。特に、ゲルマン民族の影響は軽視しがちだったように思う。我々は往々にして各国史に先入観が入り、また、欧州文明を特別視してしまうところがある。かつて読んだ名著でも『アラブが見た十字軍』(アミン・マハループ、筑摩書店)が面白い。欧州も中世までは原始的な要素を多分にかかえており、産業革命が世界の構図を大きく変えている。

   長い欧州のストーリーの中で見ると、先に言及した国家を超えた欧州の統合や英国の離脱も、EU内におけるドイツと南欧諸国の対立も、納得とともに別の面白さも出てくる。政治学における歴史の重要性もこういったところにあるんだろう。自分も引退したら、日本を取り巻くアジア史を俯瞰できるよう、勉強してみたい。

経済官庁 吉右衛門

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