ガムの味あて 壇蜜さんはマスカットを青リンゴと誤認して自虐の一句
週刊新潮(10月10日号)の「だんだん蜜味」で、タレントの壇蜜さんが不確かな味覚について書いている。食にまつわる連載エッセイ、回を重ねてこれが215回目である。
「夜走り(よばしり)という言葉を知る」
作品は、こう始まる。筆者との関係性は伏せられているが、20代半ばの男性が発した言葉である。サービス業の傍ら、人や物を運ぶドライバーも請け負う働き者だったと。副業の営みは夜間が多い。その彼が「夜走りはしんどいけどお金になりますからねぇ」ともらしたというのだ。時間あたりの稼ぎがいい、ということだろう。
「お金を貯めて何をするのかは聞いていないが、さまざまなワラジを履くことには理由があるのだろう。私が彼くらいの年のころは、そんなに働いていたかなと振り返る」
そんなに働いて...いなかった。20代半ば当時の壇蜜さんは、会社をクビになり無職。就職紹介サービスを頼ったのはいいが、そこのスタッフに惚れてしまうという始末で、思い返して「夜走りの若い男との落差に恥ずかしくなった」そうだ。
昼に仕事をしての副業。しかも長時間の夜間労働に耐える精神力に感心した壇蜜さんは、眠気防止の秘策を彼に問う。答えは「いろいろな味のキャンディー」だった。
暗い営業車内で独り、指に触れたキャンディーを口に含み、どの味なのかを当てるのだという。「答え合わせ」のために包み紙はとっておき、ラジオを聞きながら舐め尽くす。視覚情報がないため、ウメ味かと思いきやスモモだったり、けっこう難しいらしい。
洗濯しながら挑戦
居眠り運転への対策といえば、コーヒーかガム、エナジー系ドリンクだと思っていた筆者は不意を突かれる。「斜め上の可愛さを含んだ回答だった...この男は随分と高尚なことをしながら運転をしているのだなと恐れ入った。末恐ろしいが、やはり可愛さもある」
感心した彼女はある日の夜、自宅の脱衣所で洗濯中に消灯し、洗い上がりを待ちながらガムをかんでみた。粒ガムのボトルには、色違いで7種のフルーツ味が入っている。
「目を閉じて一粒選び口に入れる。正解用に外側の色のついている部分をほんの少しかじって握り、ひたすら味わった...分からない。分からないぞこれは」
回転する洗濯機のわきで、味がなくなるまでかんで得た結論はこうだ。
「この爽やかな感じ。どこか酸っぱいような気がする...よし青リンゴだ」
明かりをつけて、握った欠片を確認したら、残念ながらマスカットだったそうだ。
連載にお約束で添えられる自作川柳は次の通り、いやはや結構でした。
〈夜濯(すす)ぎを 遊んで待つは 味音痴〉
殿方の感性に響く
ちなみに、冨永の手元にあるロッテのキシリトールガム「選べる7種アソート」の味と色のラインナップは、スウィーテイ(黄)ピーチ(薄ピンク)マスカット(黄緑)グレープ(紫)オレンジ(橙色)ライチ(水色)ベリー(濃ピンク)である。青リンゴという味はないので、メーカーが違うのか。あるいは、あえてフレーバーを事前に確認せず、白紙の状態で「味あてクイズ」に挑んだ壇蜜さんの直感かもしれない。
若い男の眠気防止策から、味覚の不確かさへと展開する本作。その価値はもちろん、夜走り君の味遊びを自宅で再現してみたところにある。
実験場となったのは脱衣所。壇蜜の脱衣所...あらぬ想像をするのは読者の自由だが、多くの住まいと同様、彼女の洗濯機が風呂場の横に置かれていた、というだけの話だ。
自らに課したクイズに敗れた筆者は、彼我の違いに思いを馳せたのかもしれない。稼ぐため、安全運転を目的にひたすらキャンディーを舐める彼と、洗濯の暇つぶしにガムをかむ私。負けて当然と思ったかどうかはさておき、締めの句の「愛らしい自虐性」は心地よく新潮読者層の腹に転がり落ちる。おっさん殺しの、よくできた仕掛けだと思う。
今さらながら、蠱惑(こわく)の女性である。
冨永 格