佐野元春「或る秋の日」
出会いと別れ、そして今
タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
日本のポップミュージックの大きな特徴の一つが「季節感」だろう。
春夏秋冬、それぞれの季節に沿った自然の移り変わりに託した様々な心情と人生模様。同じ季節でも若い頃と大人になってからとでは過ごし方も感じ方も変わってくる。それがアーティストの成長や成熟にもつながってくる。
2019年10月9日発売、佐野元春の新作アルバム「或る秋の日」は、そんなことを感じさせる一枚だった。
「40周年の前煽り」ではなく
佐野元春は、1980年3月、シングル「アンジェリーナ」でデビューした。
都会のアスファルトを駆け抜けるような軽やかな疾走感と片仮名交じりの言葉のスピード。それまでの歌謡曲や70年代のフォーク・ロックと決別するかのようなビート感は新しい時代の到来を高らかに伝えていた。
80年代半ばからはニューヨークやロンドン、世界の洋楽の新しい波と同期した活動を展開、90年代にはニューメディアを取り込み、2000年代にはいち早くインディーズでの体制も確立。常に時代の最前線の輝きを放ち続けてきた。
新作アルバムの情報を耳にした時も、そうやって迎える来年の40周年の前煽りのようなアルバムなのだろうかと思った。
新作アルバム「或る秋の日」は、そういうアグレッシブなアルバムではなかった。
ジャケットは街路樹の落葉が降り積もった道で振り返る彼の姿というまさしく「秋」のアルバム。でも、それだけではない。年を重ねて迎える「人生の秋」。若い頃には気づかなかった日々の愛おしさや人の心の機微。バックを演奏しているのは、2005年に一世代下の実力派ミュージシャンと結成したTHE COYOTE BANDのメンバーでありながらバンドの作品ではなく、ソロのシンガーソングライターのアルバムという印象。抑制の効いた距離感がしみじみした情感でありながら過剰な感傷に流れない上質なラブソングアルバムとなっている。
重ねてきた時間があってこそ
アルバムの収録曲は8曲。すでに配信で発売されている4曲と書き下ろしの新曲が4曲。いずれも初CD化されたものだ。
タイトル曲の「或る秋の日」は、2016年に配信シングルで出た曲。若い頃に出会い、若さゆえの迷いで傷つけてしまい、別々の道を歩いてきたカップルの再会の歌だ。新曲の「最後の手紙」は、離婚した妻に向けて書いている最後の手紙。"子供たちにもよろしくと伝えといてくれ"と結ばれているのが切ない。
やはり新曲の「いつもの空」は、"君"がいなくなった朝の様子、小鳥の鳴き声や誰もいない台所。窓辺の木漏れ日が優しい。包み込むような緩やかなビートが若い頃とは違う包容力を感じさせる。同じく新曲の「新しい君へ」は、"失ったものの意味に気づくとき、初めて愛の尊さを知る"という"ささやかなアドバイス"の歌だ。
8曲の中で触れておかなければいけないのは、2015年に配信で発売された「君がいなくちゃ」だろう。彼が立教高校生だった16才の時に書いて高校の寮で歌われていたというラブソング。寮生の一人が高松に転校した際にその曲のカセットを持って行った。それがきっかけで高松の若者たちのローカルヒットになり、今、日本を代表する高松出身のギタリスト小倉博和が知ることになった。更に、20年以上経ってから彼が佐野元春の前で歌って聞かせた時、佐野自身がその曲を忘れていたというオチもある。名もなき高校生が書いた稀有な幻の曲が、デビュー40周年を前にした60代二作目のアルバムの重要な曲として収録されている。
去年、東京のライブハウス、Zepp DiverCityで彼とTHE COYOTE BANDのライブハウスツアーを見た。
ライブハウスは若い人が行く場所という先入観を覆すような2時間半。客席にはもちろん椅子は用意されてものの途中から総立ちになって不要になるという大人のロックコンサート。しかも演奏されるのは、2005年以降、コヨーテバンドとやるようになってからのエッジの効いた曲が中心。80年代から90年代にかけて感受性の強い少年少女を題材にしたポップな曲は入ってない。その頃から聞き続けているであろう観客が、そういう曲よりも最近の曲でコール&レスポンスをしたり一緒に歌ったりしている。
キャリアの長いアーティストのコンサートにありがちな「新しい曲はいいから昔の曲を聴かせてほしい」という、やる側ときく側のズレがなかった。共に成長してきた、人生を共有してきたもの同士の今を確かめ合うような清々しいコンサート。新作アルバム「或る秋の日」は、そうやって重ねてきた時間があってこそのアルバムと言えるだろう。
アルバムの発売日は10月9日。その三日後、10月12日の神奈川・クラブチッタ川崎からライブハウスツアー「ソウルボーイへの伝言2019」がスタートする。
誰もが若いままでは生きて行けない
アルバムの最後の曲は2013年に配信で発売されたクリスマスソング「みんなの願いかなう日まで」だ。
佐野元春には、85年に発売されてトップ10入りしたクリスマスソング「Christmas Time in Blue~聖なる夜に口笛吹いて」がある。"愛してる人も愛されてる人も""泣いている人も笑っている君も""平和な街も闘ってる街も""よく働く人も働かない人も""お金のない人もありまっている人も"と立場や情況を超えた全ての人の祝福を願う歌は、カップルのデートソングが殆どと言っていい日本のクリスマスソングの中では異例のジャーナリスティックな視点の名曲だ。
「みんなの願いかなう日まで」は、そこまで具体的には歌われていない。むしろ多くを語らないことの中に言葉以上の想いが込められている。"みんな"という端的な言葉が意味の広さ。それぞれの人生が決して平板で順風満帆ではないということが暗黙の了解になった年齢ならではの関係。その中には"いなくなった大事な人"も含まれている。
誰もが若いままでは生きて行けない。
いくつもの出会いと別れを繰り返しながら、それでもこうやって生きている。
「秋」というのは、そんなことを感じさせる季節でもあるだろう。そして、そんな風に感じるのが「成熟」ということでもあるのかもしれない。「或る秋の日」は、そういう人たちにこそ向けられたアルバムなのだと思う。
(タケ)