自然という癒し 鎌田實さんは信濃の雑木林で縄文人の声を聞く

   「毎日が発見」8月号の「もっともっと おもしろく生きようよ」で、医師の鎌田實さんが、自然の中で心身のバランスをとろうと呼びかけている。

   KADOKAWAのシニア向け総合誌。健康、料理、美容、旅行、手作り趣味など、中高年女性の関心が高そうなテーマを網羅している。鎌田さんの連載は、健康的なシニアライフに寄り添う「お役立ちエッセイ」といった位置づけだろう。

「仕事で行き詰ったり、精神的に疲れたりしたとき、ぼくは長野県茅野市内にある尖石(とがりいし)縄文考古館の裏にある、美しい雑木林によく行きます」

   鎌田ファンには言わずもがなだが、諏訪中央病院の名誉院長でもある筆者は、長野県を拠点に世界を飛び回っている。

「林の入り口には、清らかな湧き水があり、春には水芭蕉が咲き誇ります。木々は季節ごとの表情を見せてくれますが、夏の季節は、鮮やかな緑と心地よい木陰が魅力。フィトンチッドやマイナスイオンで、さわやかな気分になります」

   周辺には縄文中期の集落遺跡があり、「縄文のビーナス」として名高い土偶も出土した。

「林の奥から縄文人の声が聞こえてくるような気がします。日常の余分なことが剥がれ落ち、『生きているだけで十分だよ』と勇気づけられるような気がするのです」
東京にも緑は多く、自然に接するのは難しくない=杉並区の和田掘公園で、冨永写す
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花を飾れば免疫力が

   米イリノイ州立大学の研究によると、睡眠の質が悪い人は、良い人に比べて緑がある空間で過ごす時間が短いらしい。太陽光の刺激など、様々な自然環境が体内時計や身体のリズムを整え、体温を正常に調節する結果だと推察されている。

   他方、米スタンフォード大学の研究では、同じ散歩でも大都市より自然の中を歩くことで、抑うつ的な思考から解放されることが分かったそうだ。二つのグループにそれぞれ90分ずつ歩いてもらったところ、自然の中を歩いた被験者は、後悔、自責、失敗の思い返しといった後ろ向きの思考傾向が弱まっていた、という。

   エッセイ後半では、鎌田先生お気に入りの地元健康スポットが写真つきで紹介される。

   何度目かのキャンプブームにしても、自然の中で火をおこして料理するなど、都市生活で錆びついた能力や感覚を呼び覚ましたいからではないか...鎌田さんの見方である。

   そうそう、自然の中に出かけて行かなくても、日常生活に自然を招き入れることで癒し効果が期待できるらしい。たとえば室内に花を飾ることだ。

   千葉大学の環境健康フィールド科学センターの実験では、花を見ると副交感神経の働きが29%高まり、逆に交感神経が25%抑えられた。つまり、血管が拡張して血圧が下がり、免疫力が上がる可能性があるという。花がもたらす心理的効果を測定すると、花がある部屋では活気が増す一方、混乱、疲労、不安、緊張、怒りなどが抑えられるそうだ。

「心と体、そして自然という三つのつながりを意識しながら、ぼくたちの命を支える自然に感謝したいものですね」

健康エッセイの本流

   自然と心身の健康。そんな身近なテーマで一本書くのは、プロの物書きならさほど難しいことではなかろう。しかし同じ題材を、名の知られた医師が内外の研究成果を引きながら説けば、説得力は倍加する。身辺雑記と科学的知見の合わせ技...健康エッセイの極意にして本流である。

   鎌田さんの発信が、幅広い人気を長らく保っている理由がそこにある。高齢化ニッポンに欠かせない指南役。親しみやすい福相もいい。

   湧き水に水芭蕉、フィトンチッドやマイナスイオン、太陽の光。文中にちりばめた自然由来の言の葉は、読者を森や原っぱへといざなう。中には、ふと思い立っての外出が物理的に難しい人もいるだろう。その意味で、部屋に花を飾るだけで心が落ち着くというデータは、想定の範囲内ではあるがホッとする。鎌田さんらしい心配りだと感心した。

   私も花にはこだわりがあって、撮り下ろした写真を毎朝ツイッターに上げている。植物には大して詳しくないのだが、写真を見た方が癒されればと続けているので、花を見るだけで免疫力が増すという説に、わが意を得たりだ。

   「投稿するだけで十分だよ」と、縄文人の声を聞いた気分である。

冨永 格

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