白樺のある風景が目に浮かぶシベリウス「樹木の組曲」

   今年の欧州は、前代未聞の熱波に覆われ、各地で過去最高の気温を記録しました。私が暮らしていたフランスでも、見たことのない「最高気温42度」などという表示がでており、日本と違って夏でもそこまで暑くならないフランスではエアコンの普及率が少ないので、さぞかしそこにいた人たちは大変だろうな・・・と想像しました。

   今年は異常気象でグリーンランドの氷まで解けているようですが、欧州の北の国にとって、本来夏は短く、貴重であり、1年の中で最もさわやかな季節でした。今日は、北欧の作曲家シベリウスのピアノ曲「樹木の組曲」から夏らしい「白樺」を取り上げましょう。

白樺を作曲したころのシベリウスの肖像
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「ピアノが登場する作品」を350ほど書き残した

   樹木の組曲、と呼ばれることが多くなっていますが、本来は「5つの小品」という題名のピアノ曲集で、「白樺」はそのうち4曲目です。 

   1865年フィンランドに生まれたシベリウスがこの曲を書いたのは1914年のことです。彼自身は50代に入り、作曲家として円熟期を迎えていましたが、欧州大陸では第一次世界大戦が勃発していました。

   シベリウス、というと、故郷の誇りを高らかに描いた交響詩「フィンランディア」をはじめ、7曲の交響曲、人気曲のヴァイオリン協奏曲、そしてたくさんの室内楽作品や歌曲を作曲し、決して「ピアノ曲の作曲家」としてはとらえられていません。本人は、即興演奏で周囲の人を魅了することはあってもピアニストではありませんでしたし、幼少期に打ち込んだ楽器はヴァイオリンでした。シベリウスはどちらかというと交響詩や交響曲といった管弦楽の大作を志向する作曲家である・・・これは間違っていないのですが、一方で、彼は150を超えるピアノ作品を書き、オーケストラ作品のピアノ編曲も手掛け、室内楽作品にはピアノが頻繁に登場し、トータルで見ると、350ほどの「ピアノが登場する作品」・・・これは長命でたくさんの作品を残したシベリウスの全作品の半分以上にあたります・・・を書き残しているのです。決して彼はピアノを苦手な楽器としていたわけではないのです。

 

   それでも彼自身、ピアノ作品は自分のメインストリームとは考えていなかったようで、「正当に評価されれば、私のピアノ作品はシューマンのそれと同じぐらい人気を得るだろう」などとうそぶいたこともあったようです。

不思議な雰囲気を残したまま曲は終了

   そんなシベリウスが「珍しく」ピアノの小品を書いたのは、戦争の影響でした。国外からの印税受け取りが難しくなり、いわば「すぐ売れて、お金になる」作品の必要性に迫られたからです。結果的にシベリウスのピアノ曲の中でもっとも人気があり、彼の語法を広く知らしめることになったこの曲集が、歴史の偶然から登場したと考えるのも、興味深いことです。

   5曲からなる「樹木の組曲」は、最終曲「樅ノ木」が、あたかもジャズの即興演奏にも通じるようなアンニュイな雰囲気とともに人気が高く、アンコールピースなどでももっとも頻繁に演奏されますが、第4曲「白樺」もそれに勝るとも劣らない人気があります。

   北欧の短い夏、白樺林を吹き抜ける風のようなアルペジオで始まり、不思議な響きのまま曲は続きます。あたかもその林に迷い込んでしまったかのような・・・そして、わずか1分40秒ほどで、不思議な雰囲気を残したまま曲は終了するのですが、さわやかな清涼感が残ります。

   暑い夏の時期にお勧めの、シベリウスの小さな傑作です。

本田聖嗣

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