夭折の天才作曲家メンデルスゾーン 普段の殻を破った「フィンガルの洞窟」

   クラシック音楽は、数多くテレビCMなどに使われていて、中にはその曲を聴くだけで商品名を思い浮かべてしまうような、効果的なものも数多くあります。今日は、フランスの自動車メーカー、プジョーの「プジョー5008」というSUVのコマーシャルに使われていた、メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」を取り上げましょう。

メンデルスゾーンが感動して印象的な旋律を生み出した、フィンガルの洞窟の風景
Read more...

音楽史になくてはならない功績を残す

   最近、自動車はセダンやワゴンといった旧来型のボディーの人気が下火となり、背が高く、悪路走破性もある程度持たせたSUVというジャンルが大ヒットしています。高級車メーカーのロールスロイスやベントレーやアルファロメオなど、およそSUVなど作りそうもなかったメーカーまで、SUVをラインナップしはじめ、そのブームは全世界的かつ継続的です。

   どんな悪路にもたじろがない、というプジョー5008に3人の音楽家が乗り込み、地平線を超えてゆこう!というスローガンのもと向かったのは、スコットランドのヘブリディーズ群島の無人島、スタファ島にある「フィンガルの洞窟」。若きメンデルスゾーンにインスピレーションを与えた特徴のある玄武岩の柱に囲まれた巨大な洞窟でした。

   わずか39歳でこの世を去った天才作曲家メンデルスゾーンは、1809年、ハンブルクの裕福なユダヤ系家庭に生まれました。ごく若いころから音楽の才能を表し、神童と言われ、パリやベルリンで学びます。わずか12歳の時にはヴァイマールで72歳のゲーテに会うことができ、なんと臆することなく彼に「ベートーヴェンの音楽の素晴らしさ」を説き、これまたわずか17歳で、現在でもよく演奏されるシェイクスピアを題材とした「夏の夜の夢 序曲」を作曲し、さらに20歳の時には、それまでお膝元のドイツでさえ忘れられていた「音楽の父」ことバロック時代の作曲家J.S.バッハの代表作、「マタイ受難曲」をベルリンで彼の死後初めての復活上演をピアニスト・指揮者として成し遂げ、バッハの復権、いや、「ちょい古の音楽の傑作を好んで聴く=クラシック音楽」というジャンルを作り上げる、という音楽の歴史になくてはならない功績を残しています。

現在でも単独で演奏される「序曲」

   そんなバッハの復活上演を行った20歳の時、彼は、英国のG.スマート卿とフィルハーモニック・ソサエティの招待を受け、イングランドに渡りました。そして、北部のスコットランドまで足を延ばし、のちに交響曲第3番「スコットランド」となる作品の構想を練っていましたが、スタファ島のフィンガルの洞窟を訪ねた時、彼の頭には、ある旋律が浮かんだのです。姉であり優秀な音楽家でもあったファニー・メンデルスゾーンに手紙を出し、「ヘブリディーズ群島が、どんなに私に霊感を与えたか、証拠を送ります。この旋律です」と書き送っているのです。

   21歳の12月にこの作品を完成させたメンデルスゾーンは、当初この作品に「孤独の島」という題名を付けましたが、後に楽譜を改定した時に、「ヘブリディーズ諸島」という名前に変え、同時に、指揮者が使う総譜には「フィンガルの洞窟」とも追加で記したため、現在でも、2つの題名で呼ばれています。

   フィンガルの洞窟は「演奏会用序曲」となっています。通常、序曲とは、オペラの前などに演奏される管弦楽のみの曲で、オペラの内容を音楽的に描写するものなどに使われますが、この曲は単独で独立した作品であり、「夏の世の夢序曲」のように、後から他の作品も付け加えて一つの劇音楽組曲となることもなく、現在でも単独で演奏される「序曲」となっています。

   メンデルスゾーンは、まごうことなき音楽の天才で、恵まれた音楽環境のものと、彼の先人たちの偉大な音楽遺産をくまなく吸収していました。作曲技法にも精通していたため、彼の作品は、どことなく「整いすぎていて、面白みに欠ける」という批判を受けることもありますし、ユダヤ系だったということで、後の時代のワーグナーなどに人種差別的批判をされたこともあり、不当に評価されている側面もあります。現在でも、広く知られた名前の割には、演奏機会の少ない作曲家であり・・・夭折しましたが、作品数は決して少ないものではありません・・・同世代のビッグネーム、ショパン、シューマン、リストに比べても少し影が薄いことは否めません。

   しかし、そんなメンデルスゾーンの作品中でも、「フィンガルの洞窟」は、ひときわ魅力的な曲であり、事実、彼の代表曲の1つとして、ヴァイオリン協奏曲などとともに、人々に愛聴されています。それは、どちらかというと「聡明すぎて羽目を外したがらない」メンデルスゾーンが、自然の驚異であるフィンガルの洞窟にあまりにも感動したため、普段の殻を破ってダイナミックな曲を生み出したから・・・という解釈も成り立つかと思います。

 

   冒頭のプジョーのCMでは、「メンデルスゾーンにインスピレーションを与えた風景を探しに行く。」という内容で、全編に「フィンガルの洞窟」が流れ、原曲をフィーチャーした、新しい音楽を作るというプチストーリーなのですが、作曲家にインスピレーションと感動を与えた「旅の風景」と、メンデルスゾーンの音楽を聴いていると、見ている私たちも、あたかもその旅を追体験しているかのような気分になります。

   夏の旅行シーズンに聞きたい、ロマン派の名曲です。

本田聖嗣

注目情報

PR
追悼