aiko、シングルコレクション56曲
女性の心理を描きつづけて
タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
ベストアルバムやシングルコレクションという企画性の高い作品には二種類の作り方がある。一つは、発売順や年代順に並んでいるもの。もう一つは、新録音などの、何らかの意図に沿って手が加えられたものだ。
2019年6月5日に発売されたaikoの「シングルコレクション・aikoの詩。」は後者ということになる。1988年7月発売のデビュー曲の「あした」から、去年発売になった「ストロー」までのシングル38枚、両A面曲も入れて42曲とカップリングベストの14曲という計56曲。それらが彼女自身の選曲で並んでいる。
作品の年代で新旧が感じられない
たとえば、DISC1の一曲目は99年の三枚目のシングル「花火」だ。初めてシングルチャートの10位以内にランクされた曲。彼女の中の「始まりの曲」という意味では、その次のシングルだった4枚目の代表曲「カブトムシ」という意味でも強いのかもしれないと思わせる。「夏の星座にぶらさがって流した涙で花火を消す」という星の王子様のような失恋ソングは、歌謡曲も含めて題材になることの多い「花火ソング」でも彼女ならではの愛らしい曲だろう。しかもライブの一曲目のような躍動的なリズムもある。なぜこれにしたかという意図が明確に感じられる始まりとなっている。
改めて興味深いデータを紹介しようと思う。彼女のシングルは、ここに収められた38枚42曲。アルバムは99年の一枚目「小さな丸い好日」から去年の「湿った夏の始まり」まで13枚。チャートを見ると、アルバム13枚中、一位を記録したものが9枚、二位が2枚、三位が1枚。アルバムチャート一位率で言うと何と7割。トップ3に入った率は驚異の9割以上だ。それに対してシングル38枚で一位になったのは99年の両A面「milk/嘆きのキス」と2010年の「戻れない明日」という二枚だけだ。トップ3に入ったものが22枚。率で言うと6割弱。つまり、典型的なアルバムアーティストということになるのだろう。代表曲や人気曲の中にはアルバム収録曲も多い。彼女のキャリアの中で過去に初だった2011年のベストセレクションアルバム「まとめⅠ」「まとめⅡ」には、シングル、アルバム両方からの計32曲が選ばれていた。
そういう意味ではシングル曲だけで彼女の歌を味わうという機会はこれが初めてということになる。
何しろ、全てがラブソング。そのほぼ全てが失恋ソングだったことに改めて気づかされるだろう。
ラブソングの達人と言われるシンガーソングライターと言えば、万人が松任谷由実と中島みゆきをあげるに違いない。それぞれの情景描写やストーリーテリングの巧みさには他を寄せ付けないものもある。でも、同じラブソングでも主人公の設定や流れているテーマが時代によって少しずつ変わってくる。男女の恋愛だけではない曲もある。
aikoのシングル42曲は、そうではない。大半が女性の側の心理描写。人を好きになることのディテール。どの歌もともかくいじらしい。女性心理の見えや強がり。その反面の逡巡や落胆、そして自責。中には、男性がひるんでしまいそうな直接的な描写もある。それら全てが抱きしめたくなるような愛らしさにつながっている。年代で新旧が感じられない。いつ発売になったものかが気にならない。全56曲が発売された時期を超えてひとつの物語のように聞こえてくる統一性を持っている。それは彼女だけではないだろうか。
男の「えりあし」をうたう
誰もが当てはまる恋の始まりと終わり。DISC1の6曲目「初恋」は、まさにその始まりの曲だ。初恋とはどういう感情なのか。「まばたきするのが惜しいくらいに見つめるのに忙しい」「胸をつく想いや息を飲む想い」が絶えない、そして、「あなたを守ってあげたい」という自分でも知らなかった感情が生まれてくる。微に入り細に入り心の動きを綴ってゆく。客観的に説明することよりもひたすら内側に入って行く。
彼女の歌の主人公のいじらしさ。その代表がDISC2の1曲目「えりあし」だろう。2003年に発売された時、そのタイトルの密やかな色気と冒頭の表現に感心させられた記憶がある。冒頭が「ぶったりしてごめんね 愛しくて仕方なかった」。その後に「泣き真似してごめんね 困った顔がみたくて」と続いている。
女性の恋愛心理の中の「裏表」の感情。愛しくて仕方なくてぶってしまう。困った顔が見たくて泣きまねをする。そして「あなたの背中が遠ざかってしまう」時に、自分の行為が原因だったのかと後悔にさいなまれる。5年後に再会したとしたら「背筋を伸ばして声をかけよう」と思う。「背筋を伸ばして」という表現が絶妙だろう。タイトルの「えりあし」は、女性のものではない。去って行ってから一度たりとも忘れたことのない「少しのびたあなたのえりあし」だ。女性が男性の襟足を歌った曲を他に知らない。
全56曲、すべては失恋ソングというわけではない。DISC2の最後の「ボーイフレンド」は、「うまく行っている」状態の歌だ。「あなたとのキス」を確かめ合っている。それも「唇かんで指でさわって」「確かめる」のである。同じキスでもカップリングベストのDISC4の中の「ココア」では、「内緒でキスしよう 分かってるね」「後戻りは出来ないよ」「絶対秘密よと」
という積極性も見せている。
時に大胆で時には消え入りそうに儚い。こんなに女性心理を描き続けてきたシンガーソングライターはいるだろうか。
女性心理、と書いておきながら、主人公が「僕」と歌っている「DISC2」の中の2016年のシングル「もっと」が少し違って聞こえた。表面的に受け止めれば「男性」の気持ちを歌った、ようにも取れる。でも、何度となく聞くうちに女性が「僕」という言葉を使って複雑な心理を表現しているように思えた。
彼女の書く曲の特徴の一つが「言葉に流されない」ことだろう。メロディーやリズムが言葉の説明に終始しない。「悲しい」からと言って、それを増幅するようなメロディーをつけない。むしろ「悲しい」という言葉だけでは表せない裏腹な感情もメロディーや音にしようとする。ステージをところ狭しと動き回るライブも意識されているのだろうし、言葉が先という作り方だからこそとも言えそうだ。
全56曲に思い当たらない「恋する女性」はいないだろう。そして、男性にとっては「女性心理」を知る格好のアルバムなのだと思う。
(タケ)