消せぬ過去でも 速水健朗さん「バカッターはバカじゃないから厄介」

   UOMO 6月号の「40歳男子のための、時事two Scene」で、ライターの速水健朗さんと武田砂鉄さんが、それぞれの視点から「デジタルタトゥー」問題を論じている。

   アラフォー男性を読者層とする集英社のファッション情報誌。この連載企画はご両人がひとつのテーマを別の立場で語るもので、最近では「大坂なおみ」「芸能人の政治的発言」などを採り上げている。「two Scene」は「通信」のシャレだろうか。

   「デジタルタトゥー」とは、ひとたびネットで拡散された情報を完全に消すのは不可能という、SNSの危うい一面に焦点をあてた新造語だ。速水さんが注目したのは、職場での悪ふざけを投稿する「バカッター」「バイトテロ」の頻発である。

「個人情報がネットでさらされ、就職などの機会を奪うほどのダメージが与えられる。それはやり過ぎである。一定時間経ったら、忘れてやったほうがいいんじゃないだろうか」

   速水さんはこうした話題の落としどころとして、メディアがよく使うSNSマナーや「食べ物を大切にする情操教育」に疑問を呈したうえで、こう続ける。

「バカッターたちは、食べ物を粗末にすることが人の反感を買うことを理解しているからこそ敢行するのだ。バカッターはバカではない。むしろバカが減った世の中だからこそ彼らの行為に価値が生まれている...というよりは、彼らを叩く機会に希少性が生じた」

   そして、論考をこう結んでいる。

「安価なバイトもまた安価な食を供給するインフラのひとつ。その脆弱性を自ら示したのがバイトテロだった」
ひとたびネットで拡散された情報を完全に消すのは不可能
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鉄矢さん、ごめんなさい

   一方の武田さんは、正しい情報を正しいままに記すことは面倒で大変、という視点だ。

   昔、演歌歌手の後方でアイドルたちが舞う「紅白」的な構図は如何なものか、という原稿を書いたところ、アイドルのファンが集う掲示板に批判が殺到したそうだ。「武田鉄矢、許さん」「いかにも武田鉄矢が言いそうな説教だよな」...もちろん「武田違い」である。

「ネット上に広がる揶揄や罵倒は、実際にその人がどう書いたか、どう言ったかを丁寧に追いかけもせず、その場での盛り上がりに乗っかりながら、味付けをどんどん濃くしていくのが特徴だが、そもそも書いたのは鉄矢ではなく砂鉄なのだ」

   武田砂鉄さんの原稿なのに「武田鉄矢が批判した」という誤情報が膨らみ続ける。「1が10になり、10が100になる。最初の1を訂正したところで、残りの99はそのままだし、気づけば、99が250くらいになっている」...「もうアイツのドラマは見ない」という人が出かねない勢いである。

「名前が似ているだけで大火事になるのだ。武田鉄矢さん、すみませんでした、と謝るのも変だ。別に武田砂鉄は悪くない」

   砂鉄さん(ここはあえてそう書く)は、「ネットの世界では、あらゆる女性が整形したことになっている」と続け、そこに紛れることで、本当に整形した人が得をしていると展開する。別人に批判が向いたことで、文句を受けずに済んだ自分も同様だと。

「やっぱりこのままじゃいけない。一度、世に流れた情報を取り消すことができない社会。それで得をしているのは誰かを考えると、その病理が少しは見えてくる」

得をしているのは誰か

   当方、いわば「社命」で始めたツイッター歴が5年ちょっと。実名アカウントだから、消したい過去の一つや二つはある。ただ、そうしたリスクを上書きするほどの利点がある、あるはずだ、あってちょうだい、と考えるから凝りもせず続けているわけだ。

   私の場合、いちおうメディア業界人なので、ネットの荒海に実名で漕ぎ出すにあたり、それなりの覚悟はあった。他方、一般の方、それも先の長い若い人が「やらかす」と大変だ。何年たとうが実名を検索されたら、若気の至りやら、未熟さゆえの失敗やらが亡霊のようによみがえる。

   事実なら自己責任かもしれないが、身に覚えのないことに尾ひれがついて独り歩き、というケースがままある。砂鉄が鉄矢に化けることは、そんなに珍しくない。

   より大きな世界に目を転じれば、フェイク情報の独り歩き、自己増殖は政治や経済を動かすまでになっている。

   砂鉄さんは、過去を消せないデジタルタトゥーで「得をしているのは誰か」と、最後に読者に謎をかけている。それは、現在進行形で悪さをしている連中ではなかろうか。

冨永 格

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