超大国アメリカの今をメディアからアプローチ
■『現代アメリカ政治とメディア』(著、編集・前嶋和弘、山脇岳志、津山恵子 著・奥山俊宏、金成隆一、宮地ゆう、五十嵐大介 東洋経済新報社)
オバマ・前米大統領は、2016年1月12日に行った任期最後の一般教書演説で、「世界の警察官になることなしに、いかに米国を安全にし、世界をリードするか」が、次期大統領が回答を迫られる課題だと述べた。そして、2016年11月のアメリカ大統領選挙で、トランプ氏がまさにその次期大統領に当選したことで、世界に大きな衝撃を与え続けている。
報道も保守とリベラルの情報を提供する応援団のよう
編著者の1人である山脇岳志・朝日新聞編集委員(2013 年から2017 年まで朝日新聞アメリカ総局長)は、本書の「はじめに」で、アメリカの有力シンクタンク、外交評議会会長のリチャード・ハース氏が、2018年春に「自由な世界秩序よ、安らかに眠り給え」というタイトルの論考を公表したことをとらえて、アメリカ総局長時代のインタビューで、ハース氏がトランプ氏の孤立主義的な色彩に懸念を抱いていたことを生き生きと回想する。
本書は、「テレビ番組の人気ホストとして知名度を上げ、メディアが創りだしたともいわれるトランプ大統領は、メディアを敵視する発言を繰り返している。トランプvs.伝統メディアの構図は、アメリカの政治・世論の深刻な分裂ももたらしている。アメリカ政治とメディアの歴史も踏まえつつ、分極化の過去・現在・未来を展望する『アメリカ政治とメディア』の決定本」と銘打って出版された。
編著者である、現代アメリカ政治外交を専門とする前嶋和弘・上智大学教授は、「第1章 危機に瀕するアメリカのメディア―歴史的にみる『メディアの分極化』の前と後」で、アメリカでは、「メディアを中心に動く政治」ということが、国のあり方に組み込まれていることを、アメリカ憲法制定過程で大きな影響力を持った「ザ・フェデラリスト」という一連の論考が新聞で連載されたことなどを例に巧みに説き起こす。
この本を通じてのキーワードは、まさに「メディアの分極化(media polarization)」だ。報道も、まるで保守とリベラルの情報を提供する応援団となっているという。
また、共同通信社ニューヨーク特派員などを経て2007 年に独立して、ニューヨークに在住して活躍しているジャーナリスト・津山恵子氏は、新興メディアの状況などについての最先端の米国の現状をレポートし、分析・提示する。
山脇氏も、アメリカの放送法の規範であった「フェアネス・ドクトリン」などの変貌や、トランプの気質を精神医学的に報道することについての是非を、我々に問いかける。
アメリカにおける「調査報道」の現状も解説
他の執筆者には、パナマ文書の報道でも著名で、日本記者クラブ賞(2018 年度)を受賞した奥山俊宏・朝日新聞編集委員や、2016年のアメリカ大統領選挙の取材でトランプ氏が当選したアメリカの現状の取材で、ボーン・上田記念国際記者賞(2018年度)を受賞した金成隆一・朝日新聞経済部記者などがいて、アメリカにおける「調査報道」の現状や、いわゆる「ラストベルト」の住民のメディア消費について、よどみなく解説する。
「言ってはいけない 残酷すぎる真実 」(新潮新書)などで知られる橘玲氏が、公式ブログの3月29日付掲載記事「リベラル化する世界の分断(『生物地理学会市民シンポジウム』講演要旨)」で喝破しているように、「私たちを取り巻く世界では、インターネットなどテクノロジーの急速な発達と、新興国を中心とする経済発展を背景に、『知識社会化・グローバル化・リベラル化』が三位一体となって進行する巨大な潮流が起きている。だが残念なことに、すべてのひとがこの大きな変化に適応できるわけではない。『反知性主義・排外主義・右傾化』は、時代から脱落しつつあるひとびとのバックラッシュなのだ」というが、評者も同感だ。
その巨大な潮流がどこに行きつくのかは、まだまだ先は見えない。そのような不透明な中、本書は、超大国アメリカ政治の今の状況を、「メディア」からアプローチすることを通じ、1つの有力な見通しを与えてくれる。この長い連休中の読書として、歯ごたえのある1冊としてお勧めしたいと思う。
経済官庁 AK