Nulbarich、2月に新作
ビクターがめざす中国との新しい関係

   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   平成が終わろうとしている。

   でも、間もなく始まろうとしている新しい元号の時代がどんなものになるのか、誰もが確たる見通しを持てていないのではないだろうか。もちろん、音楽業界もその例に漏れない。その最たる原因は平成の30年で余りに激変したことにあると言って良さそうだ。

   平成が始まった1989年は、アナログレコードが全面的にCDに切り替わった年でもある。カラオケのブームも相まって10年後の98年、99年は史上最もCDが売れた年だ。そこから緩やかな坂道を下ってきた。2010年代に入ってからは配信が大きな比率を占めるようになり音楽の伝え方や聞き方も一変してしまった。CDを持っていない若い音楽ファンも少なくない。

   音楽業界は今後どうなってゆくのか。

   2019年の幕開けは、そんな話から始めたいと思う。

Nulbarich「Blank Envelope」(ビクターエンタテインメント提供)
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アーティストが現地でプロモーションライブ

   去年(2018年)の10月、東京六本木のライブスペース、EXシアター・六本木で行われたビクターエンタテインメント恒例のコンベンション「MUSIC STORM」で興味深い発表があった。毎年、各レーベルの今後の展開と新しいアーティストの紹介ライブが趣旨のイベントは第八回。メディアやディーラーなど過去最多となる約700人の参加者の前で斉藤正明社長が明かした中国の大手総合音楽エンターテインメント会社・TAIHE MUSIC GROUP(タイホ・ミュージック・グループ)との戦略的提携がそれである。「詳細は今詰めているところで来年の春くらいから具体的に動き出すと思う」というその提携は、明らかに新しい時代の始まりを感じさせるものだった。

   年末に音楽評論家・反畑誠一と僕とで行った共同インタビューで斉藤正明社長はこう言った。

「海外展開をどうするかはずっと考えてたんです。でも、ビクターはドメスティックな会社で現地法人とかインターナショナルなネットワークは持ってません。香港とか台湾にアーティストが行ってライブをしたりと五月雨式にはあったんですけど、パッケージは手続きとかが煩雑でうまくいかなかった。デジタル時代になったからこそ、そして、2周、3周遅れだったからこそ出来たと言えるでしょう(笑)」

   中国とどうやって付き合うか、どういうビジネスを行うかが課題なのは音楽業界に限らないだろう。人口約14億。日本とは一桁違う。それでいて今、中国本土で聴かれている音楽の中で日本のものは「3~5%、2%くらいかもしれない」(斉藤社長)。

   理由はいくつもある。言葉の問題もあるにせよ、音楽を取り巻く中国の環境に対して疑心暗鬼だった日本の業界が手を打ちあぐねていた。誰もが口にする「海賊盤」や「著作権」問題である。正規なCDよりも違法な海賊盤が流通してしまう。曖昧な権利関係がビジネスとしての信頼関係を損ねてしまう。そんな課題を解決したのがデジタル配信だった。

「パッケージの時代とは全然違う環境になりましたからね。ストリーミングの単価も国際単価になってきてる。まず5万曲+αの曲を送る作業に入ってます。それだけじゃ足りないんで、日本のマーケティングと同じようにアーティストが現地に行ってプロモーションをしてライブを行う。幸い、彼らはライブハウスも持っているし北海道や沖縄にツアーで行くのと同じような形にしていきたい。そういうパートナーと組めたということが大きいですね」

配信悪者論の時代は終わった

   今回の提携が歴史的なのは、従来のように日本の会社が「進出」した、という形を取っていないことだ。

   パートナーとなったTAIHE MUSIC GROUPは北京に拠点を置き世界の中国語圏にサービスを提供している大手グループ企業。中国最大級のミュージックライブラリーの利用者は中国のネットユーザーの73%にも上るという。それだけでなくライブハウスの運営やファンクラブのマーチャンダイジングなどのマネジメント機能も持っている。去年RADWIMPSが行ったアジアでのアリーナツアーにも名を連ねていた。

   日本のレコード会社の「支社」や「現地法人」が存在しなくても受け皿が出来る。「進出」と「提携」の違いである。

   なぜそこまでの関係が作れたのか。

「TAIHE MUSICのCEOにヘッドハンティングで就任したシュー・ティモシーは私がEMIの時のアジアの責任者だったんです。宇多田ヒカルや椎名林檎をアジアに紹介してくれた。宇多田ヒカルのアルバムをアジアで200万枚売りましたから。その成功体験が友情関係につながってますね。彼も新しい環境で新しい時代を創りたいということで半年間話し合った結果です。一方的な投資じゃないんでお互いに持ち出しがない。中国での違法ダウンロード対策も契約の条件に入ってます」

   斉藤正明社長は1947年生まれ。49歳で東芝EMIの社長になり宇多田ヒカルや椎名林檎、鬼束ちひろなど新しいアーティストを送り出して黄金時代を築いた。2009年に社長に就任した老舗ビクターを立て直した手腕は広く知られている。日本レコード協会の前会長も務めている。

「2019年の春くらいからアーティストが行って向こうのアーティストとコラボレーション等をすることになると思います。出来ることから始めてほころびを直しながらやってゆく。理想的とは言えないかもしれませんが、我々に失うものは何もないですし。今回、彼らを縛ってはいません。我々は彼らとしかやらないけど、彼らは他のメーカーともやってゆくこともあると思ってます。日本の音楽業界全体の未来のためになれば。かってのレコード協会会長の顔が出ますね(笑)」

   CDが売れないのは配信のせい、という配信悪者論の時代は終わった。デジタルだから出来る。パッケージを売るのではなく、どうやって音楽を広め、アーティストをどう伝えてゆくか。20年来、日本と中国の関係を取材している音楽評論家・反畑誠一はこう言った。

「今までも色んな試みがありましたけど、全て『点』だったんですね。継続する関係性が築けなかった。政治的なことや公安の検閲とか難しいことは現地に任せることで解決出来る。デジタルが国境だけでなくビジネスの壁も超えた、世界を変えたということでしょう」

   今年の春に予定されているアーティストの筆頭として名前が出ているのが2月に3枚目のアルバム「Blank Envelope」を出すNulbarich(ナルバリッチ)だ。昨年末から現地での楽曲配信も開始している。アシッドジャズとソウルファンク、洗練されたクールなサウンドと英語詞という東京発ワールドスタンダード。デビュー3年。去年は武道館公演も成功させた。昨年末から現地での楽曲配信も開始している。メンバーを固定せずアーティスト写真も作らないという音楽重視の姿勢は新しい試みにうってつけだろう。

   日本と中国がどんな関係を築けるか。

   それが平成の次の時代のテーマであることは間違いなさそうだ。

(タケ)

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