Mr.Children、「重力と呼吸」
二つのキーワードを通る意味

   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   新しいアルバムを聴くときは、出来るだけ情報を入れないようにしている。プロモーション用の資料や歌詞カードを見ない真っさらな状態で聴いてみる。その時の第一印象を手掛かりに、それがどういう作品なのかを考え始める。

   Mr.Childrenの新作アルバム「重力と呼吸」の一曲目を流した時、イントロで思わず「おう!」と声を上げてしまった。

   ドラムの鈴木英哉の「ワン・ツー」というカウント、ボーカルの桜井和寿の「オー~」という突き抜けるようなシャウト。高らかで誇らしげで気持ちがあふれ出すような高揚感に満ちた始まりは、彼らのアルバムの中でも際立ったものだった。

   このアルバムがどういうアルバムなのか、一曲目が簡潔に的確に物語っている。「重力と呼吸」は、まさにそういうアルバムだった。


「重力と呼吸」(トイズファクトリー、アマゾンHPより)
「重力と呼吸」(トイズファクトリー、アマゾンHPより)
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「良い曲は売れる」を証明

   Mr.Childrenは桜井和寿(V)、田原健一(G)、中川敬輔(B)、鈴木英哉(D)という4人組だ。92年5月にアルバム「EVERYTHING」でデビューした。去年はデビュー25周年だった。

   90年代前半。小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」やCHAGE&ASKAの「SAY YES」など、テレビの「トレンディドラマ」の主題歌となったラブソングが一世を風靡し、その一方ではX-JAPANやBUCK-TICKなど髪の毛を立てて化粧したビジュアル系が爆発的な勢いを持っていた時代である。

   アルバムジャケットを見ればわかるように、七三に分けた好青年風な4人はライブハウスなどでもどこか場違いな印象を放っていた。

   そんな彼らが一躍シーンの最前線に躍り出るのが94年発売の4枚目シングル「CROSS ROAD」と次の「innocent world」である。人生の岐路を歌った「CROSS ROAD」と日の当たる坂道を上って新しい舞台に向かう今を歌った「innocent world」。ともにありがちなラブソングではない。むしろ、シリアスなテーマでありながら、前者はミリオンセラーになり、後者は年間チャートの一位。つまり、その年で一番売れたシングルとなった。

   日本のヒットチャートにはかなり長い間「売れる曲」と「いい曲」は別ものという定説があった。「売れる」曲は低年齢層向けでラブソング、「人生」や「社会」のような「硬い」テーマは扱わない。そういう曲はシングルではなくアルバムの中の一曲として扱う。彼らはそうではなかった。最も売れたシングルでもある95年の「Tomorrow never knows」は、前述の2曲も踏まえた「人生ソング三部作」のようにも聞こえた。

   90年代のMr.Childrenの最大の功績は「良い曲は売れる」を証明してみせたことだ。

「個人的実感」から生まれた歌

   そういう意味で言えば、彼らはずっと「個人的」だった、と言っていいと思う。バンド、そしてソングライターの桜井和寿と曲が乖離してない。思ってないことや感じてないことは歌ってきていない。それだけを歌っている。2000年代に入って9.11のマンハッタンのテロの後に出たシングル「君が好き」のカップリングの「さよなら2001年」や04年のアルバム「シフクノオト」の中の「何のために戦うのか」と歌った「タガタメ」のような曲もある。07年のアルバム「HOME」の中の「あんまり覚えてないや」は認知症のカップルが主人公だった。

   若者が大人になり社会と向き合ってゆく。

   そんな年齢とともに変わって行く「個人的実感」から生まれた歌。それでありながら、自分のことだけに終始していない。言葉とメロディーがどこまで親和しているか、歌としてどう聞こえるか。どこまで聞き手のものになってゆくか。その繊細なバランスが彼らの懐の深さであり魅力に思えた。自分に子供が生まれてから彼らの良さを再認識したという業界人の声をしばしば耳にするようになったのは2000年代になってからだろう。

   ただ、そうした中で彼らのことを「ロックバンド」という目で見ていた人は多くないかもしれない。

   厳密に言えば「日本で使われている意味の」と付け加えた方が良さそうだ。長髪のハードロックバンドやビジュアル系、縦ノリのビートバンド。「お前ら」を連発し客席を煽る攻撃的で挑発的なライブのスタイルが日本での「ロックバンド」だとしたら、彼らのライブはそうではない。歌がどこまで届いているか、客席と共有されているかが前提になっている。「ライブバンド」という呼称には、ライブは盛り上がるけどCDでは曲が物足りない、というもう一つのニュアンスもあった。

   新作アルバム「重力と呼吸」は、そういうバンドの音ではない。曲と一体になった演奏、共に歌っているような演奏。それでいてまぎれもない「ロックバンドの音」だった。

   「重力と呼吸」は、2015年に発売になった前作アルバム「REFLECTION」以来になる。

   その年、彼らはアルバム発売前にも関わらずアリーナツアーに出た。その後にはドーム&スタジアムツアーも行った。2016年はホールツアー、2017年はホールツアーと25周年のドーム&スタジアムツアーもあった。しかも、その合間を縫って、エレファントカシマシ、スピッツやくるりやスガシカオ、RADWIMPS、ONE OK ROCKら世代に捕らわれないバンドやアーティストとステージを共にした。「重力と呼吸」の一曲目「Your Song」や二曲目の「海にて、心は裸になりたがる」は、そうしたツアーやライブ活動から生まれたアルバムという証明のような曲だった。

何を聴きとるかは自由

   「重力と呼吸」は、彼らのキャリアの中でも96年の「深海」、04年の「シフクノオト」以来、3作目の日本語タイトルのアルバムになる。

   音楽業界も含めたバブルの頂点のような時代にあらゆる面からの問いかけを投げかけたような「深海」、桜井和寿が体調不良でツアーを中止せざるを得なくなった後に出た「シフクノオト」。それぞれに特別な背景を持ったアルバムのように聞こえた。

   近年、ほとんどメディアに出ない桜井和寿は、デビュー前から彼らの取材をしている、今は尾道在住の音楽ライター、森田恭子が一人で編集・発行している手作り雑誌「Lucky Raccon」(ラッキーラクーン)に準レギュラー的に登場している。

   彼は、現在発売中のVol.46のインタビューの中でアルバムのタイトルについてこう話している。

   「自分では明確な答えがありすぎちゃって、そういう質問に答えると、このアルバムのタイトルにした意味がないというか。このアルバムを聴いて、きっといろんなことを想像するじゃないですか。だけど『重力と呼吸』というキーワードは必ず通らなきゃいけない、アルバムタイトルがそうだから。それを通ってもらうことで、より楽しんでもらえると思うから、わざとちょっと変なタイトルにしてるんです」

   そんな話は「というわけで、答えません」で終わっている。

   アルバムタイトルというよりキーワード。誰もがそんな二つの言葉を入口に聴く。そこで何を聴きとるかは、聞き手の自由だ。

   「重力と呼吸」。バンドの音の重心の低さとメンバー4人のあうんの呼吸。更に、バンドと聞き手の間にある「引き合う力」と「息遣い」。そして、今の時代を生きていく上で大切なもの。そんな意味も込められているように聞こえたのは筆者だけだろうか。(文中敬称略)

(タケ)

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