GOSPELS OF JUDAS
氷室京介との出会いの衝撃
タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
今週もデビューアルバムの話を続けようと思う。
何がデビューのきっかけになったのかには様々なケースがある。
たとえばオーディションに合格した、コンテストで優勝した、あるいは、ライブハウスで歌っているところを見出された、などである。どういう形であれ、それはいくつもの偶然や思いがけない出会いがあってこそ生まれてくる。
「氷室さんに会った時に、何かがガラッと変わると思いましたね。自分という人間のどこかが別のものになってしまったような感じがした。それまでと全く変わってしまうと思える衝撃がありました」
2018年7月18日、デビューアルバム「IF」を発売したGOSPELS OF JUDASのヴォーカル、作曲、演奏を手掛けるYTはデビューのきっかけとなった出会いをそう言った。
デビューアルバム「IF」(ワーナーミュージック・ジャパン提供)
普段は湯豆腐みたいにおとなしい
GOSPELS OF JUDASは、氷室京介が親交の深いクリエーター達と「デジタルなツールを使って自由に面白いことをやりたい」と2012年に発足したプロジェクト「DiGiTRONiX」から生まれたユニットである。
中心となっているのが、氷室の2010年のアルバム「"B"ORDERLESS」に参加したロス在住のギタリスト、YTことYukihide Takiyamaだ。奔放で過激、それでいて緻密さやメロディアスな情感も備えた演奏は、氷室京介のライブに欠かせない存在となった。2016年のドームツアー「KYOSUKE HIMURO LAST GIGS」での熱演は記憶に新しい。B`zの去年発売になったアルバム「DINOSAUR」のアレンジも担当している。
氷室はステージで彼のことを「ボストンのバークリー音楽大学出身、普段は湯豆腐みたいにおとなしいけど、ギターを持つと狂気になる」と紹介していた。
バークリー音楽大学は、日本からも渡辺貞夫や佐藤允彦、小曽根真らジャズミュージシャンが卒業したことでも知られている世界的名門である。
YTは「アレンジの勉強がしたかったんですね」とこう言った。
「中学一年の時までヴァイオリンを弾いてました。3歳の時に『題名のない音楽会』を見ていて『これがやりたい』と言ったらしくて親が買ってくれて。ロックは周りに普通にありましたから。高校の時にギターを始めて、文化祭はBOO/WYの曲をやるいくつものバンドを掛け持ち(笑)。バンドは組みたいと思ってたんで、アレンジの勉強をしたくてバークリーに行ったんですね」
バークリー音大出身同士
GOSPELS OF JUDASのデビューアルバム「IF」のもう一つの柱となっているのが詞を書いているJun Inoue。YTとともにインタビューに応じた彼は、自分もバークリー音楽大学の出身で、YTのことはその頃から知っている、とこう言った。
「15歳の時にドラムを始めて17の時にハードロックをやりたくてアメリカに行こうと。外国人ばっかりの中にすごい長髪の日本人がいて、それがYT。とびぬけてうまかったんです。こいつはいつかギターで武道館や東京ドームのステージに立つなと思いました」
そんな話をしながら、彼はYTとは一緒にバンドを組んでいた、と言った。バンド名は「JUNYT」(ユニット)。まさに二人の名前だ。
今から20年以上の前の話だ。
そこから二人は別々の道を歩き始める。
YTは「バークリー時代に何度か行って住みたいと思った」というロサンゼルスに腰を落ち着け現地のバンドやレコーディングのオーディションを受ける。その中でメンバーとなったロックバンドもいくつもある。
Jun Inoueは、「ドラムではやっていけない」と日本に戻ってプロデューサーの道を進む。彼が手掛けたジャニーズ系アーティストのヒット曲も多い。ロック系の曲の時にはロスに行きYTに弾いてもらうという関係が続いていた。
氷室京介との出会いを作ったのはJun Inoueの方だ。
「KAT-TUNにロック系の勝負の曲をやりたいという企画が出た時に、氷室さんしかいないと。歌詞を見ないで歌える曲が何曲もある憧れの人でしたから。事務所に飛び込みでお願いしたら二つ返事で受けて頂いて、その時にどうしても紹介した人がいる、と言ってYTを会わせました」
彼がプロデュースして氷室京介が曲を書いたKAT-TUNの曲が「Keep the faith」である。作詞をしているSPINはJun Inoueと、やはりバークリーで同じバンドだったベースのGin Kitagawaの二人の変名だった。氷室京介の「ONE LIFE」で作詞家の松井五郎とともに詞を共作しているGKが彼だということもインタビューで初めて知った。
「最後の曲はYTの人生」
GOSPELS OF JUDASのデビューアルバム「IF」は予想とはかなり違っていた。デジタルな実験的アルバムという先入観はすぐに覆された。全体がギターサウンドを軸に、一つのテーマに沿ったストーリーになっている。端的に言ってしまえば「世界の滅亡と救済」だろう。「ノアの箱舟」や「スターウォーズ」であり「銀河鉄道999」のようなSF的ファンタジー。もし、世界がこうなったら。滅びゆく世界を生き抜くための愛と友情。映画の始まりのようなオープニング、インタールードを効果的に入れた構成、アルバム最後の曲「Cryin' with my guitar」に至るまでの劇的な流れは物語として完成されていた。思い付きで作った遊びのアルバムという域ははるかに超えていた。
Jun Inoueはこう言った。
「ストーリーを作りたかったんですね。YTから曲が来て彼も近未来的なアルバムにしたい、と言っていて。曲と演奏が詞を呼びました。どん詰まりの世界の中で見える光に向けて旅だってゆく、みたいな感じですね。最後の『Cryin' with my guitar』は、YTの人生ですね」
アルバムでは氷室京介も4曲歌っている。YTとJun Inoueとボストンで同じバンドだったというGin Kitagawaも2曲。氷室京介のライブのマニピュレーター担当、Tesseyの曲もある。それぞれの楽器や全体の音を彼らで作り上げている。名実ともに「氷室京介と親交のあるクリエーター」で作り上げたアルバムとなった。氷室京介が彼らに「場」を提供したと言っていいのかもしれない。でも、マニア向けな実験作ではない。クオリティーとポピュラリティを備えたハードロックアルバムだ。
Jun Inoueは「YTとは19,20歳の頃、夜な夜な世界観とか人生観を話してましたからね。日本の音楽を変えてやるというような。その頃を思い出しながら作りました」
YTは「ギターはがっつり弾いてるし曲や歌詞もいい。音楽的にもすごいことをやってる、ほんまもんのロックをやってるという自負はあります」と言った。
バンド名をつけたのは氷室京介だった。「GOSPELS OF JUDAS」というのは「ユダの福音書」の原題。イエス・キリストの裏切り者とされ、その一方でキリストを最も愛していたという説もある異端の人物になぞらえたアルバム――。
それは日本のロックに飽き足らなかった「ユダ」たちからの未来への提言なのかもしれない。
(タケ)