氷川きよし、年160本のライブ
演歌を背負うつもりは「ナシ」
タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
百聞は一見にしかずということわざは音楽に関してもあてはまる。というより音楽だからこそ意味を持っていると言ってもいいかもしれない。
その人がどんな音楽をやっているのか、どんな歌を歌っているのか。一度でも生でライブを見れば答えが出る。CDを聴いたり情報を集めたりするよりもリアルな姿を確かめることが出来る。
もし、彼のライブを見なかったら、インタビューしたいとは思わなかったに違いない。
5月29日に新作アルバム「新・演歌名曲コレクション7・勝負の花道」を発売した氷川きよしである。去年、40歳になった。
彼は紛れもないライブ・アーティストだった。
氷川きよし「新・演歌名曲コレクション7・勝負の花道」(日本コロムビア、アマゾンHPより)
アルバムも年2枚コンスタントに
新作アルバム「新・演歌名曲コレクション7」は、アルバムの前半がオリジナルで後半がカバーというスタイル。そもそもの始まりは2001年。2000年にデビューした彼の一枚目のアルバムが「演歌名曲コレクション」だった。2014年までに20枚が発売され、2015年から「新」がついて衣替えになった。つまり合計27枚が出ていることになる。しかも、2008年からは年に二枚と言うハイペースだ。その間に年間80本というコンサートツアーも行っている。少なくとも年間二枚のアルバムをコンスタントに出しつつそれだけの数のツアーを組んでいるアーティストは他に見当たらない。
更に付け加えれば、演歌系の歌手の多くがそうであるようにコンサートも一日一本ではない。一日二公演。仮に年間80本としたらその倍、160本という計算になる。その形態も少人数のバンドとかシンセサイザーや打ち込みではなくオーケストラ編成の生演奏である。リハーサルや移動を含めればその労力がどのくらい過酷なものかは容易に想像がつく。
まだある。彼だけでなく、美空ひばりが最初に試みたと言われる「座長公演」。つまり一つの劇場を一か月間使って歌と芝居を見せる長期公演だ。それも毎年定期的に続けている。そのプロ意識は何だろう。一度話を聞いてみなければと思ったのは、そうした動機もあった。彼は、筆者が担当しているFM NACK5「J-POP TALKIN'」のインタビューでこう言った。
「24歳の時からやってますからね。最初のうちは大変でした。一日二回公演の二回目はどっかに演じている気持ちも出てしまって。でも、どの回のお客さんにとっても一瞬一瞬が全てなんだと思えるようになって変わっていきました。19年やっていて風邪で二回だけ倒れたことがあるんですけど、体調だけは気をつけてます」
新作アルバム「新・演歌名曲コレクション7」は、オリジナルが6曲、カバーが6曲。前半には一曲目のかつての村田英雄をほうふつさせる「きよしの人生太鼓」や表題曲「勝負の花道」のように大向こうを意識した堂々たる人生演歌からAKB48の曲を最も多く手掛けている編曲家が書いた歌謡ポップス「咲いてロマンティカ」、後半には歴史的大ヒット曲、殿様キングス「なみだの操」、平尾昌晃作曲の布施明「霧の摩周湖」から美空ひばりの「真っ赤な太陽」まで幅広い。これまでのシリーズがそうだったように演歌系のスタンダード曲を軸にして、日本の大衆音楽を継承していこうという意図が伺える選曲となっていた。
「元々ポップスを歌ってましたから」
彼の中に「演歌」を背負っていこうという意識はあるのだろうか、と思った。彼は、「おこがましいんですが、ないです」と言ってこう続けた。
「そうして欲しいという方もいらっしゃるんですけど、重圧というか荷が重いです。日本人として演歌の景色を歌わせて頂いている感じですし。演歌を歌ってらっしゃる方には両親の影響で子供の頃から聞いていたとか、民謡を歌っていたとか、英才教育の方が多いんです。僕の場合、元々ポップスを歌ってましたから。喜ばれたいという思いで演歌をやったんで曲も知らない。始めのうちは小節がうまく回せなくて人前で歌えない。コンプレックスでしたね。泣いてました。真似るを学ぶ、にしてしまいました(笑)」
肝の座った明るさというのだろうか。その歌に対しての覚悟のような本気さ。出し惜しみしないガチンコ感。演歌系の歌い手にともすれば感じる「小手先」感がない。はみだしそうな感情。ほどほどの予定調和に収まらない。彼のライブやCDに感じたのがそれだった。その根源になっているのがそうした「コンプレックス」や「歌わせて頂いている」という謙虚な意識なのかもしれない。
去年、彼はアニメ「ドラゴンボール超」の主題歌「限界突破×サバイバー」を歌った。アニメ主題歌特有の早いビートのロックである。さいたまスーパーアリーナで行われたアニソンのイベントにもシークレットゲストとして登場。3万人を前にアニメ風な衣装で歌い喝采を浴びた。
新作アルバムのサブタイトル曲「勝負の花道」には、「海路は亜細亜へ世界へと」という歌詞があった。
「可能性の扉が開きましたね。今までは演歌歌手だからやったらいけないとか思うこともあったんですけど、あの曲に挑戦したことで血が騒ぎました。日本語で歌う曲が世界につながる。それに気づいたのはアニソンを歌ったからですね。スーパーアリーナには外国人もたくさんいらっしゃいましたし。セールスにつながるかどうか分からないんですが、人生80年として残り40年。歌で色んな表現をしてゆくのが大好きなんですね」
「そろそろ"演歌名曲"という縛りは外したいかな」といたずらっぽく笑う新作アルバム「新・演歌名曲コレクション7・勝負の花道」は5月29日発売。美空ひばりの81回目の誕生日だった。
(タケ)