いまの日本の組織経営に欠けている点 「デザインの視点」で見つめる

■「デザイン思考が世界を変える イノベーションを導く新しい考え方」(ティム・ブラウン著、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)


   職場の打合せの場で「米国ではMBAはもう古いと言われているんですよ。MFAの時代。デザインスクールですよ」と後輩に教えてもらったのは2011年。その10年前に、IDEO社の創設者David Kerryがスタンフォード大学にデザインスクールを創設していた。規模の利益と計画性、効率性を追求する米大企業の経営が行き詰まり、VUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity and Ambiguity)の時代に対応する経営、イノベーションを生み出す組織作りがすでに始まっていた。

   著者Tim Brownは、シリコンバレーのデザイン・ファーム、IDEO社のCEO。デザイン思考をわかりやすく解説するとともに、イノベーションを生みやすい組織風土づくりにも触れている。

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デザイン思考はアイデア出しと参加者の投票

   IDEOが開発したデザイン思考は、着想、発案、実現の三段階が重なり合い反復しながら成長する。マクドナルドの例で言えば、製品や店舗デザインをスケッチしたり模型で作ったりするのが着想。シカゴ本社のプロトタイプ制作施設で実地に検討するのが発案。そして、いくつかの店舗で試験的に販売するのが実現である。

   この三段階には、アイデア出し(発散段階)と参加者の投票(収束段階)があり、マーケティング段階、店舗での購入時点、購入後の体験の全体で、できばえを総合的に検討する。製品・サービスにとどまらず、公教育、途上国の医療・健康保険など社会基盤となる公的分野に及んでいる。

いかなる個人よりも全員が賢い

   デザインの誕生には洞察、観察、共感の三つの側面がある。関係者の意見出しからデザインの完成まで、実に幅広いメンバーが参加する。経営者、デザイナー、マーケティング担当者はもとより、心理学者、エスノグラファー(行動観察の専門家)、エンジニア、コピーライター、動画制作者が参加して試行錯誤を繰り返す。

   利用者とは初期からコンセプトを一緒に考える。顧客をイノベーションの参加者ととらえ、高級ホテルでは、顧客自ら滞在体験をデザインする仕掛けを用意することもある。

   大切にしているのは「いかなる個人よりも全員が賢い」という共通理解。経営トップや開発担当だけでなく、全員が進取の気性で取り組むことを許し合う組織風土を培うのである。

楽観的に楽しむ組織

   著者が強調するのは「宇宙船地球号」という理念。地球の健康維持には黄色信号が灯っている。経済と環境を統合するために文化の役割が不可欠となっている。エネルギーとお金を幸せの中心に考える生き方を見直すことは避けられない。

   組織で働くわれわれ個人には、人生を計画するのか、漂流するのか、デザインするのかを問いかける。金銭的な報酬以外に、社会のために創造的な成果を繰り返し生む機会を与えられることも人生のかけがえのない報酬ではないかと。

   組織の経営者には、社員がデザイン思考であるために、六つの要素を兼ね備える組織運営を推奨している。(1)新しいことに取り組む余裕があること、(2)日々の変化に対応しようとする柔軟性があること、(3)発案者をほめるのではなく全員をほめること、(4)社内社外の生声に耳を傾けること、(5)企業の進路に包括的な目標があること、(6)社内でデザイン思考が進む中で適切な修正を経営幹部が行えること。

   これらを通じて感じることは、人間中心にものごとをとらえ、楽観的に実験的な取り組みを楽しむことの大切さ。2009年の著作であるが、いまの日本の組織経営に欠けている点ではないか。コンプライアンスや過ちの謝罪に意識が偏ることなく、果敢に経営の舵をとり、売り上げの拡大に成功する企業が一社でも増えることを期待したい。

経済官庁 ドラえもんの妻

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