目が見えない者と一心同体で走る、滑る
■「伴走者」(浅生鴨著、講談社)
評者は以前、視覚障害者の伴走教室に参加したことがある。伴走ロープの握り方にはじまり、左折・右折時の指示の出し方、段差や障害物がある場合の声の掛け方など、様々なノウハウがあることを教えていただく中で、安易に「一緒に走る」程度と考えていた我が身の不明を恥じた。
さらに、一緒に走ってみると、これらを実践することの難しさが身に染みた。陸上競技場のトラック上での練習だったが、それでも、評者の指示の遅れのために何度も前後左右の同走者と交錯しそうになった。
腕の振り方一つとっても難しい。伴走ロープを持つ側の手はランナーが走り易いように、相手の前へ突き出す感じに外側へ。他方、空いているほうの腕は内側へ。繰り返していると、体勢を斜めに傾けたような感じになる。これが結構難しい。
何より、一人で走るのではなく、一緒に走る、それも手足の動きを含め一心同体という感じが重要なのだと実感した。伴走とはいかに奥深い行為であるかを教えられた。
本書は、マラソン、そしてアルペンスキーに挑戦する二人の視覚障害者の伴走者となった二人のアスリートを描くスポーツ小説。主人公が選手本人ではなく、伴走者であるところが異色だが、本書の核心でもある。
伴走者とは、選手と目的や感覚を共有する者
視覚障害者の伴走者というと、親切心あふれる心優しい人というイメージになろうが、本書の主人公はいずれもそうした人物ではない。一人は、「速いが勝てない」ランナー(淡島祐一)。限界を感じながらも、どうしても自分のレースに未練を捨てきれないでいる(夏・マラソン編)。もう一人は、学生時代はアルペンスキーのトップレーサーだった営業マン(立川涼介)。強くなければ意味がないと信じる実力主義者であり、将来を嘱望されながらも、大学卒業と同時にスキーに見切りをつけていたが、業務命令により、渋々、全盲の天才女子高生スキーヤーの伴走者となる(冬・スキー編)。
加えて、選手自身も一筋縄ではいかないキャラクター。定番小説なら、不屈の忍耐と努力によって障害を乗り越えて頑張る障害者が登場するのだろうが、本書では、勝つためには手段を選ばない、ふてぶてしい態度の視覚障害者ランナー(内田健二)、そして、練習嫌いで気まぐれな全盲の女子高生スキーヤー(鈴木晴)が、キャラ全開で存在感を発揮する。
こうしたちぐはぐな個性が出会い、ペアを組み、そして、互いにぶつかり合いながら、関係を深めていく。その過程で、目が見えない者を誘導するために、共に走る(滑る)だけの存在から、勝負に勝つという目的や共に走り、滑るという感覚を共有する「伴走者」へと変わっていく姿が描かれる。
夏・マラソン編では、パラリンピックの切符を懸けた国際大会において、二人(淡島・内田)がライバルペアとともにゴールとなるスタジアムに飛び込んだ場面がある。
「淡島は自分の肉体の動きを内田に合わせることに集中した。俺は存在しない。今ここを走っているのは内田だけだ。俺も内田だ。コンマ一秒たりとも動きをずらさない。一ミリも狂わさない。俺は完全に内田に一致する。それが伴走者だ」
冬・スキー編では、前を滑り、ターンの指示を出す涼介と、後を付いていく晴が加速していくシーンが出てくる。
「涼介と晴は物理的に繋がっているわけではない。そこにはロープ一本さえ存在していない。二人の間にあるのはただの空間だ。その空間に響く声だけが二人を結びつけている。涼介自身の感じている世界と晴の感じている世界が次第に混ざり合う。同じ目的に向かって二人は一つになっていく」
伴走とは一方的な関係ではない。互いが伴走者となる
以前評者は、視覚障害者のサポートを受けながら、真っ暗闇を体験するというイベント(ダイアログ・イン・ザ・ダーク)に参加したことがある。その折、途中、方向感覚を失って、自分のグループからはぐれてしまった。途方に暮れていると、突然、誰かが近寄ってきて、手をつかんで皆がいる場所まで連れていってくれた。目の見えないスタッフが暗闇の中、迷子になっている評者の気配を察し、助けに来てくれたのである。
普段、視覚に頼って生活している晴眼者にとって、暗闇はお手上げだが、視覚障害者にとっては日常である。見えない目に代わって、耳、鼻、手、足と視覚以外の感覚をフル動員して、暗闇をものともせず、活動できる。
本書では、日が落ちて見通しが利かなくなったゲレンデを晴の誘導で涼介が降りていく場面がある(冬・スキー編)。
「目が見えないというのは視覚に頼らないということだ。その代わりに晴は多くのものに頼っている。風に、音に、匂いに、皮膚に感じる僅かな気配と自分自身の感覚に。涼介は視覚を失えば何もできなくなるが、晴は視覚がなくとも多くのものを利用し、世界を見ている」
「次に何があるかを晴が教えてくれるおかげで、涼介は安心して霧の中を滑ることができる。この安心感を与えるのが伴走者の役割なんだな。まさかそれを晴に教えられるとは。今この瞬間、晴は間違いなく俺の伴走者だ」
夏・マラソン編でも、二人がゴールした後に、同様の場面が出てくる。
ランナーの内田が伴走者の淡島に語りかける。
「お前がちゃんと見てくれたら、俺にだって見えるのさ。お前は伴走者だ。俺の目だ」
淡島は思う。
「俺は伴走者だ。そして、この人が俺の伴走者なんだ」
評者には、本書の最後に綴られた次の言葉が心に残った。
「伴走者。それは誰かを助けるのではなく、その誰かと共にあろうとする者、互いを信じ、世界を共にしようと願う者だ」
JOJO(厚生労働省)