終末期の笑顔 鎌田實さんは「人生で大切なのは自由時間」と説く
週刊ポスト(3月2日号)の「ジタバタしない」で、医師の鎌田實さんが、先ごろ接した患者たちの「生きざま」を記している。がん闘病の末期など、最終章の景色である。
まず、74歳の男性(原文は実名)。胃がんを患い、リンパ節と肺に転移がある。電機部品メーカー勤務から49歳で物書きに転じ、ロシアや中国で働いた経験を生かして小説と翻訳を手がけた。回診した鎌田さんは、本を書くようになった理由を問う。昨年末のことだ。
翌日、本人から「私の回答は単純です」と便りが届いた。
定年まで勤め、妻にすがる「ぬれ落ち葉」になることや、何もすることがない生活が怖かったと。そこで浮かんだのが、旧ソ連の生化学者オパーリンの言葉だったという。
〈人間は、様々な使命を帯びて生まれてくる〉
経済的な不安はあったが、やりたいことをやろうと決めたら人生がシンプルに。「与えられた使命に気づくのに年齢は関係ない、早い者勝ち」...これが回答だった。
この人はその2週間後に亡くなった。
お金より自由時間
末期がんの90代男性は特攻隊の生き残り。死んだ先輩たちに申し訳ない思いで、不動産業者として戦後を一生懸命生きてきた。ときどき一時退院していたわけは、自ら身辺整理をしていたからだと分かった。「見事な死」と称える鎌田さんは続ける。
「死ぬときに何を残すか...ぼくは形あるものよりも、自分の生きざまを残すことのほうに魅かれる」
60代の男性はすい臓がん。花の栽培と販売に力を尽くし、がんになる前から生死について学んでいた。「一回だけの人生だからこそ、自由に生きることの尊さ、挑戦することの素晴らしさがわかった」と打ち明けた。
彼は自信作、クリスマスローズの球根を病院に寄付したいと申し出る。
「病院の庭に咲くのを想像し、幸福な気持ちになったに違いない」と医師。
鎌田さんが紹介するブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ)の研究によると、お金より「自由な時間」を持つことに価値を見出した人ほど、人生の幸福度が増す。年齢が上がるにつれて、お金より自由時間を重視する傾向があるという。
思う存分に生きられるか
あれは銀座のビストロだったか、後輩の紹介でお会いした鎌田さんは鮮烈だった。私を見るなり、店中に響く声で「おお兄弟!」である。風貌が似ているという意味だと察し、名刺を交換しながら「私のほうが弟ですから」と念を押したものだ。
諏訪中央病院(長野県茅野市)の名誉院長にして名エッセイスト。チェルノブイリやイラクでの人道支援など、やるべきことをしている人のお茶目は格好いい。
人の健康に寄り添い、生死に向き合う医師は随筆家に向く。書くこと以外に取り柄がない私は、千差万別のラストデイズを共有できるその立場に、職業的な嫉妬を覚えてしまう。
一線を退いても、鎌田さんは緩和ケア病棟で回診を続ける。治癒の見込みが薄い末期がん患者たちの多くが明るく、笑顔を絶やさないそうだ。なぜだろう。
「その答えが、少しわかったような気がした」という名誉院長。「自分の人生を思う存分生きてきた人は、どんな状況でも人生を肯定し、幸福度が高いのだ」と結論づけた。
「限りある人生を、いかに濃密に、いかに軽やかに生きることができるか。3人の患者さんたちに、改めて『自由な時間』の価値を教えられた」
人生という長編のストーリーは、病床に至るまで自由時間との付き合い方で大きく変わる。それはそのまま、自身が振り返るときの「読後感」となるのだろう。
日差しが柔らかくなって、そういえばクリスマスローズの季節である。
冨永 格