THE BACK HORN、ロックと戦場の20年
今を生きることの愛おしさ――
タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
相手がミュージシャンであろうとそうでなかろうと、インタビューやアンケ―トにはいくつかの「定番」となっている質問がある。
例えば「子供の頃の最初の記憶は何ですか」とか「もし無人島に行くとしたら何を持ってゆきますか」などだ。その人の「本職」についてというよりもちょっと捻った質問。それがきっかけに相手の思いがけない側面が見えてくることも少なくない。
「もし、今の仕事をしてなかったとしたらどんな職業を選んでると思いますか」というのもそんな質問の一つだ。
今から15年くらい前だ。ロックバンド、THE BACK HORNのギタリスト、菅波栄純の答えは今でも忘れられないものだった。
彼はそんな質問にこう答えたのだ。
「戦場カメラマンになってると思います」
「情景泥棒」(アマゾンHPより)
支持が高いのはシリアスでヒューマンな詩情
THE BACK HORNは、山田将司(V)、菅波栄純(G)、岡峰光舟(B)、松田晋二(D)の4人組。岡峰光舟以外の3人は東京ビジュアルアーツ出身。作詞作曲の多くを菅波栄純が手掛けている。結成は1998年。2001年にメジャーデビュー。すでにフルアルバムが11枚。海外十数か国でも発売されている。今年は結成20周年。先日7日(2018年3月)にインディーズでのデビューアルバム以来二作目のミニアルバム「情景泥棒」が発売になった。
前述のインタビューがあったのは、2枚目のアルバム「心臓オーケストラ」が出た後だったと思う。アルバムからシングルカットされた「世界樹の下で」にはこんな歌詞があった。
「若き兵士が愛しき者を守るため殺し合うのは美しい事だと本当に言えるのか」
ロックと戦場――。
彼らの曲には「戦場」という言葉が使われているものが少なくない。例えばアニメ「機動戦士ガンダム」のテーマになり、シングルチャートのトップ10入りした2007年の「罠」には「心が戦場だから誰にも救えない」という一節もある。戦火の絶えない世界で生きること。そこから逃れることも出来ずに社会の歯車のようにしか存在できない人間の孤独や悲劇。不条理に引き裂かれる愛情。日本で暮らしていると直接経験することのない現実と向き合った歌。彼らの曲が、世界の終わりを舞台にしたSFアニメや映画の主題歌に使われ、映像関係者に支持が高いのは、そんなシリアスでヒューマンな詩情にあるのだと思った。
THE BACK HORN菅波栄純と松田晋二は、先日、筆者が担当しているFM NACK5のインタビュー番組「J-POP TALKIN'」でその頃のことをこう言った。
「戦場カメラマンのことは覚えてます。メジャー一枚目、二枚目の頃は9・11のこともあってそういう気持ちになってました。頭に浮かんだ映像を音に代えるタイプの作家なんで世界のどこを切り取るかは今も常に考えてますけど、一時期は戦場カメラマンの写真をよく見てたりしました。それと別に、こういう時代にミュージシャンをずっと続けられると思えなくて、どこかで違う人生を目指すことになるのかなと思ったりしてたからでしょうね」
「『世界樹の下で』は、反戦歌のつもりで作ったわけじゃないんで、これを出したら社会派と言われるかなと思って悩みつつ出しました。『戦場』という言葉も現実に人が殺し合う場というよりリスナーの心の中に置き換えて描いたつもりです」(菅波栄純)
ただ、彼らのベストアルバムなどを聞いていると20年のキャリアの中で2011年を境にして曲調やテーマが少なからず変化を遂げているように思える。その象徴的なものが2011年の3月、東日本大震災の後に配信限定で発売された「世界中に花束を」ではないだろうか。それまで危機感を体現するかのように激しいシャウトを聞かせていた山田将司のヴォーカルも語り掛けるような優しさを備えていた。
菅波栄純と松田晋二は福島県出身。松田晋二は、ロックバンド、サンボマスターの山口隆ら福島県出身のメンバーで組んだ4人組、猪苗代湖ズのメンバーでもある。
歌の中の戦場を目の前の状況が追い越した
「あの時は本当に何をしていいか、どうすればいいか、何を歌っていいかわからなくなりましたからね。それまで9・11の時に感じたような、世界はいつか終わるよと提示しながら、じゃあどうやって生きるのか。死を思うからこそ生きてることに意味があるというような歌を歌ってきて、それがもっとリアルに現実になってしまった。そうなった時こそ違う描き方があるんじゃないか、生きていること自体が宝なんだということに気づかされて作った歌ですね」(松田晋二)
歌の中の戦場を目の前の状況が追い越してしまった。歌の中で提示してきた物語より更に悲劇的なことが起きてしまった。死を語ることで生を訴えてきた彼らが生そのものを歌うようになった。それ以降の彼らの歌はそんな変化のようだった。
3月7日に発売になったミニアルバム「情景泥棒」は、そうした彼らの現在が反映されているアルバムだろう。
20周年を前にした去年、以前から彼らのファンだと公言していた宇多田ヒカルがプロデュースしたシングル「あなたが待っている」を発売、3枚目のベストアルバムも出した。
「宇多田さんと一緒に出来たことは大きかったです。あれだけの才能の人と同じ時間を過ごすだけで違う。ものすごい刺激になった。創作意欲が湧きました。このアルバムもたくさんの曲の中から絞って絞ってこの数になった」(菅波栄純)
アルバムは7曲入り。ジャケットは松田晋二が描いている。これまでと違うのはバンドメンバー4人が曲に参加していることだろう。しかも、テーマが「現在」という時間軸に集約されている。やはり松田晋二が詞を書いたタイトル曲「情景泥棒」は、未来人がこの世界の「情景」を盗みに来るという設定だ。
「未来人はボタン一つで何でも手に入ると思ってるかもしれないけど、今の俺達の世界の喜怒哀楽の繊細な感情やそれが作り出す情景はかけがえのない非売品。それが欲しければ一緒に苦労してみろ、という歌です」(松田晋二)。
今を生きることの愛おしさ――。
もしミュージシャンにならなかったら、今、そんな質問にどう答えるのだろう。菅波栄純は「20周年を迎えて、もう他の人生を考えることはないです」と笑った。
(タケ)