繰り返される企業の不祥事 足りないのはトップの「美意識」か?

■世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」(山口周著、光文社)


   日本経済の伸びしろはどこにあるのか――。技術、グローバル、それともイノベーション?

   かつて、「お客様は神様」という思想に、成功のカギを見出す議論があった。その通りではないか。では、「神様」は何を求めているのか?

   ワクワク、うっとりするような新しい製品とサービス。日々の暮らしを癒やし、友達、社会とのふれあいを感じさせる製品とサービス。それらはどのような企業活動から生まれるのか?

   本書は、読者のそうした疑問に答えてくれる。

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The Master of Fine Arts is the new Master of Business Administration

   筆者は「グローバル企業の幹部は、論理的・理性的スキルに加えて、直感的・感情的スキルの獲得を期待されている」という。そして多くの企業・人へのインタビューを通じて、それには三つの流れがある。

   第一は、volatility 不安定、uncertainty 不確実、complexity 複雑、ambiguity 曖昧(VUCA)の事業環境を勝機に結びつけなければならないということ。経営判断は、要素還元的な論理・合理だけでは決められず、全体を直感的に捉える感性と、構想力、想像力が必要になっているのだ。

   第二は、購買者の承認欲求や自己実現欲求に応えるには感性や美意識が求められるということ。ボードリヤールが「消費社会の神話と構造」において、「先進国における消費行動が、自己表現のための記号の発信だ」と指摘したのは1970年。以来、自動車、家電製品などで日本企業は世界の賞賛を浴びてきた。先進国に加えて、新興国においても消費ビジネスがファッション化する中で、日本企業の活躍の余地はむしろ増えているとも言える。

   第三は、イノベーションには、美意識に伴う倫理観が必要であるということ。後にふれる。

すべての日本人には芸術家の素質がある

   フランスのブランド帝国、LVMHのベルナード・アルノーは、物質主義が後退し精神的な充実を求める声が強まると預言し、筆者は、「Appleという会社は、IT企業として捉えるよりも、もはやファッションの会社だと考えた方がいいのかもしれません。なぜなら、アップルが提供している価値は、利用者の自己実現欲求の充足であり、アップルの利用者は『そのような人』だという記号だから」と述べる。

   日本企業に勝機はあるのか?

   1931年に来日した、アン・モロー・リンドバーグは、「すべての日本人には芸術家の素質がある。着物、毛筆の文字、蛇の目傘。普段使いの食器。日常生活のうちの紙と紐すらも」と日本を絶賛している。渡邊京二氏の「逝きし世の面影」(平凡社ライブラリー)にも江戸末期から明治にかけて来日した欧米人の同様の感想が多数収められている。

   日本人に備わる美意識は、日常生活、子供の教育、茶道、剣道をはじめ大人になってからの稽古に支えられたものである。そうした美意識を、受け継ぎ、発展させよう、と産業界の幹部が認識を新たにし、幹部はもとより従業員すべてにそうした活動を奨励するようになれば、世界から憧れられる「粋な企業」が続々と誕生するのではないか。

「一見してイイものはイイ、ダメなものはダメ」

   その一例がマツダである。3年間で売上を2兆円から3兆円、営業利益を380億円から2000億円に増やした背景に、「魂動(こどう):Soul of Motion」というデザインコンセプトがある。日本の伝統的な美意識を生かした世界のトップブランド戦略だ。リーダーの前田育男氏ができばえを判断する。

「一見してイイものはイイ、ダメなものはダメ」

   顧客の声を聞くのではなく、顧客を魅了できるかどうかを見極める。マツダは、美を判断する物差しは社内においているのである。

   その一方で、日産自動車、神戸製鋼で品質管理に関する問題が起きている。

   現場感覚としては問題ないと判断したとしても、なぜ、社会の変化、ルールの変化に適合させようとしないのか? ルールの変化を承知の上で、まさか悪意を持って品質管理をおろそかにしていたのか? むしろ、現場はおかしいと感じながら社内の雰囲気や上司の空気を忖度していたのか?

   いずれにしても、欠如しているのは、はたらく個人の倫理観。

   マックス・ヴェーバーは近代産業化時代に現れるだろう人材を予言している。

「精神のない専門人、心情のない享楽人」

   村上ファンド、ライブドア事件は、まさにそうしたできごとであった。

   ソクラテス以来、「おかしいものはおかしい」と考え、新たな価値・理念を提起してきたのが哲学。現場の美意識・倫理観を尊重しない社風、会社の方針に従っていれば悪いことも気にならない現場、では社会と遊離した企業になってしまう。「社会の変化に適応し、成長するには、美意識だけでなく、真善美すべてに判断の物差しを磨くべきではないか」と山口氏は問いかける。現場の人間の美意識を信じる社風は、シリコンバレーにはあるし、日本にもある。コンプライアンスの名の下に、現場を上司の枠にはめてしまうと、かつてのビッグ3の二の舞になりかねない。

   「暗黒の中世からルネッサンスが起きたように、物質主義・経済至上主義の19世紀・20世紀から、Humanism回復の21世紀が来ることを願う」という著者の希望に賛同したい。そして、日本の産業界こそ、哲学、真善美を尊重し、人間性の回復を先導する、という宣言がされることを願いたい。

経済官庁 ドラえもんの妻

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