米津玄師、過剰なオリジナル信仰
そういうのは嫌いだ!

   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   ポップミュージックとメデイアの変化は密接な関係にある。それは歌謡曲なども含めた大衆音楽全体がそうだと言って良いかもしれない。

   例えばアメリカで始まったドーナッツ盤と言われるシングル盤はジュークボックスに入る大きさだったし、60年代から70年代のフォークソングは深夜放送あってこそだった。ピンクレデイからAKB48に至るまでアイドル産業はテレビがなければ成立しない。

   21世紀のメデイアと言えばもちろんインターネットである。CDから配信という流れはインターネットの普及と一体になっている。そして、その中から新しい才能が登場する。11月1日に新作アルバム「BOOTLEG」を発売した米津玄師は、まさにその象徴的存在だろう。


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「BOOTLEG」つまり「海賊盤」と名づけたのは

   米津玄師は91年生まれ。今年26才。徳島の高校の時にバンドを組んで活動したものの、自分のイメージを具体化してくれる仲間に出会えずに断念。インターネットの動画サイトへの投稿で評判になった。最初は彼の好きな曲に映像をつけることから始まり、自作の曲をボーカロイドに歌わせるようになった。その時の名前はハチ。彼が書いた初音ミクの曲は再生回数が数千万回を記録、動画サイトの寵児となった。2012年、インディーズで出した本名での最初のアルバム「diorama」は、作詞作曲、アレンジやプログラミング、歌、更にイラストや動画までも自分で手掛ける才気溢れる画期的なものだった。アルバムを聴いた時に「ついに出た」と思った。今も彼の曲の動画再生回数は軒並み数千万回。圧倒的な支持を示している。

「何をやっても言われるのなら、やりたいことをやるのが一番と思って作りました」

   彼は筆者が担当しているFM NACK5の「J-POP TALKIN'」のインタビューで新作アルバム「BOOTLEG」についてそう言った。

   話の流れはアルバムタイトルについてだった。「BOOTLEG」、つまり「海賊盤」。正規のルートを通さないで発売される非合法的な作品のことだ。

   でも、内容にそうしたゲリラ的なニュアンスはない。ドラマやCMとのタイアップ、俳優や女性歌手とのコラボレーションなど、今までにやったことのない試みが織り込まれた新境地は、むしろメジャーシーンのど真ん中を歩き始めたという印象だったのだ。

   それを「BOOTLEG」と呼ぶ。「紆余曲折悩んだ末」というタイトルのきっかけになったのが、アルバムの中の曲「砂の惑星」にあった。「初音ミク10周年」に提供した曲のセルフカバーである。彼はこんな話をしてくれた。

「曲の中に早口みたいなテンポになる箇所があって、そこに自分が影響されたり金字塔と呼ばれているボカロの曲へのオマージュを散りばめたんです。自分が見てきたボカロシーンやその頃自分は何をしていたかを落とし込みたかった。それを投稿した時に賛否両論になりました。否定的な意見の中には、勝手に人の曲を使うなとオリジナリティを冒とくしているとか、面と向かって言われたこともあって。自分じゃ愛情を込めたつもりなのに、そうは伝わらなかった。なぜだろうと思った時に、過剰なオリジナル信仰があるのではないだろうか。そういうのは嫌いだと思ったんですね」

   過剰なオリジナル信仰――。

   自分がみたことのないものや知らないことしかオリジナルとして認めない。それ以外は模倣や流用として否定してしまう。

   彼が考える「普遍的な美しい音楽」はそうではなかった。

「どこか懐かしい匂いが感じられたりどこかで聞いたことのあるもの、その人の中に蓄積されたものの上に築かれているもの。そういう音楽は過剰なオリジナル信仰を持つ人たちから見たらきっと『BOOTLEG』なんだろうなと思ってつけました」

   自分なりの愛情表現のつもりが思わぬ反発を招いた。それは筆者にとっても意外な反応に思えた。

   なぜならボカロの音楽愛好家はサンプリング世代だろうと思っていたからだ。すでにある音源や音楽をサンプリングして作られる音楽で育った世代が、彼の行為を「オリジナリティ」という言葉で批判することの矛盾。彼はそうしたインターネットの動画サイトを「砂漠」と呼んだ。

変わってゆく、というのが音楽を作るエンジン

   彼のメジャー一枚目となった2014年のアルバムのタイトルは「Yankee」。移民である。タイトルの意味を「バーチャルな世界からリアルに移民してきたから」と言った。その中には、世の中に適応出来ずにバーチャルな世界に「自閉」していた自我が恐る恐る人と人のつながりを求めて痛々しく儚いまでの美しさが描かれていた。2015年のアルバム「Bremen」は捨てられ傷ついた動物たちが安住の地を求めてゆく「ブレーメンの音楽隊」と重なりあった。そのアルバムは、求めていた楽園にたどり着いたかのような安らかな曲で終わっていた。

「作り終わった時に幸福な気持ちになったんですけど、それも一瞬の出来事で、世の中はどんどん変わってゆくわけです。今、そんなものは存在しないと思うし、変わってゆく、どこか遠くへ行きたいというのが音楽を作る自分のエンジンになってますね」

   新作アルバム「BOOTLEG」はレコード会社の移籍第一弾である。「声出してゆこう」という再出発のような先行シングル「LOSER」には「ここは楽園か」「俺は負け犬」という歌詞もある。驚いたのは一人で踊る姿が映像化されていたことだ。それも「遠くへ行くための変化」の一つに見えた。すでに評判を呼んでいる俳優、菅田将暉とのデュエット曲「灰色と青(+菅田将暉)」は彼の方から熱望した結果ということだった。初めて女性ヴォーカルを取り入れた池田エライザとの「fogbound」も「彼女の声とデュエットしてみたかったから」と言った。そこには「コラボレーション」という新しい花が咲いたようだった。

「一年前には誰かとデュエットしようなんて考えもしなかったでしょうね。インターネットの中の人間だった自分がここまで来れた。そこに希望を抱いてくれる人もいるかなと思います」

   全14曲には思春期の痛みと向き合ったような曲も自画像のような曲もある。変わりゆくために自ら「BOOTLEG」と呼んだ新作オリジナルアルバム。転がり続けつつ開花してゆく26才の「今」を刻んだ記念碑のようなアルバムなのだと思う。

(タケ)

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