中国、北朝鮮、トランプ政権―― 13人の「地政学」の専門家が示す日本の外交戦略
■現代日本の地政学(中公新書、日本再建イニシアティブ著)
1994年。保護主義を回避し、雇用創出のために国際協調することを目的に、クリントン政権は自動車の街デトロイトで雇用G7を開催した。クルーグマン博士が、The Age of Diminished Expectationsを著し、白人移民が、ゴールデンエイジを生きた親の世代よりも豊かになる時代は去ったと述べて4年後だった。
筆者には、トランプ政権の誕生は、グローバリゼーションの恩恵を受けにくい白人労働者層のその後20年の暮らしに関係しているとの思いがあり、雇用創出の国際協調の重要性を実感している一人である。
中国経済の台頭は著しい。APEC諸国の対中貿易依存度は軒並み1位、2位。韓国やオーストラリアは30%を超す。欧州各国も中国との経済依存の進展を望んでいる。アメリカがTPPを離脱する中で、G7がそれぞれに自国の経済利益を追求すれば、中国、インド、ロシアなど新興国と価値観を共有することは、ますます難しくなる。2年後にG20を主催する日本はどうするのか。
日本が採るべき外交とは?
本書は、GATT=IMF体制という自由で開放的な国際秩序の下で最大の恩恵を受けてきた日本の読者に、主要国の地政学を示し、日本が採るべき外交を示そうとする寄稿集である。
著者名にある「日本再建イニシアティブ」とは、朝日新聞主筆であった船橋洋一氏を中心とする、自由で開かれた国際秩序の構築を目指す独立系シンクタンク「Asia Pacific Initiative」に集まった15人の識者たちのこと。
彼らが、これから日本がとるべき戦略を13のテーマで分析したのがこの本だ。
その基本認識は、「地政学の復活」という危機感。第一次世界大戦後、主要国は、自国本位の経済圏を求めて、外交に経済的手法を用い、結果的に第二次大戦を招いてしまった。その経験を反芻し、日本が、日米同盟を再選択し、外交を能動的に行う必要性を訴える。
日米同盟の議論が安全保障面に限られがちな現在、地政学の専門家による提言はタイムリーである。
中国の大国外交と日米同盟
東西冷戦終結後のアメリカのアジア外交は、アジア太平洋地域の経済の相互依存を拡大しながら、覇権国あるいは国家連合の台頭を阻止するものであった。また、対ロシア政策は、2015年のロシア連邦国家安全保証戦略に「西側諸国が、政治面、経済面、軍事面、情報面で封じ込め政策を実施している」と記すとおりである。
2011年、オバマ政権は、自由で開かれた国際秩序の普及を願い、アジア戦略を「国際的なルールを遵守する限りにおいて、平和的で反映する中国の台頭を歓迎する」立場に転じたが、残念ながら、現実はそうならなかった。
東シナ海、南シナ海への海洋進出、一帯一路戦略など、中国の大国外交は、着実に進展し、かつ、その路線には周辺国への強制の含みが否めない。書中、中山俊宏慶應大学教授は、日本が「アメリカを自覚的に再選択する」ことにより開かれた国際秩序の構築の基盤として、日米同盟を展開する意義を説く。
防衛研究所の増田雅之主任研究官の分析も詳しい。昨年1月に開業したAIIBは、世界銀行やアジア開発銀行と協調融資を開始し、欧州主要国を含めて80の参加国・地域に達している。
また、2014年11月、北京で開催されたAPEC首脳会議において、習近平国家主席は、Connectivityの強化を提唱し、道路、鉄道、エネルギーにとどまらず、政策、インフラ整備、貿易、資金、民意の5つの分野において、相互依存関係の深化を主導している。その効果は、タイ、インドネシア、ミャンマーなどAPEC地域にとどまらず、ロシア、カザフスタン、トルコ、パキスタンといったユーラシア地域に及び、国ごとに数値化されている。本年5月に北京で開催された一帯一路国際協力サミットフォーラムには、二階俊博自民党幹事長を含め、130か国以上が参加した。
国家資本主義を母体とし、外交に経済力を行使する中国と、日本はどう対応していけば良いのか。オイル・ショック以降、西側先進主要国は、ブレトンウッズ体制とNATO、日米安保条約を基礎としながら、G7が協調して、開かれた国際秩序を深化させてきたが、この10年、中国の台頭により、経済的利益を追求する地政学とのはざまにある。
Connectivityにふさわしい国際秩序
本書は、情報通信のConnectivityを、サイバー戦争を中心に取り上げているが、情報とデータの自由かつ安全な流通は、開かれた国際秩序の根幹である。Google、Appleをはじめ、中国が国家による情報統制を行っているが、人工知能やデータ社会にふさわしい国際秩序こそ、EU、日本、アメリカが主導的に構築すべき分野ではないか。
中国をはじめとする国家資本主義の台頭に対して、西側先進国がそれぞれに、地政学的見地から政策を実施してはならない。グローバリズムの恩恵を受けにくい庶民に配慮した国内経済政策、日本で言えばローカル・アベノミクス。2015年4月、安倍総理が米国議会で行なった演説を読み直すと、グローバリゼーションの影の部分にどう配慮するかの政策に言及がなく、欧米に広がる、内向きな外交を求める世論の転換を促す力強さに欠けるのかもしれない。
自由、無差別、人やデータの往来といった、開かれた国際秩序の価値を揺るがせることなく、庶民が暮らしに希望を持てる政策協調を主導することが、日米同盟に期待される使命であり、また、G7の役割も明確ではないか。そうした広がりなる日本の外交がいかに重要であるか、認識を新たにしてくれる15人の論者からの一冊である。
(経済官庁 YK)